SANKOU

イニシェリン島の精霊のSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

人の繋がりはとても不思議なものだ。
どれだけ分かり合える友人や恋人同士でも、何かのきっかけで波長が合わなくなり、疎遠になるか喧嘩別れすることがある。
自分から去っていく人間は追わない方がよいのだとも聞く。
しかしこの映画の舞台の小さな島のように、閉鎖的な環境ではそう簡単に人間関係を割り切れるものではない。
パードリックは長年の友人だと思っていたコルムにある日突然、「お前のことが嫌いになった」と告げられる。
パードリックにはコルムに何か不快な思いをさせたという自覚がない。
しかし音楽家でもあるコルムはただ、残りの人生を意義あるものにするために、退屈な話で自分から貴重な時間を奪うパードリックとは縁を切りたいのだと話す。
まだ理由を話してくれるだけコルムは情があるのかもしれない。
しかし一方的な理由で拒絶されたパードリックは納得出来ないだろう。
最初は一時の気紛れだと思っていたパードリックだが、やがてコルムが本気であることを思い知る。
コルムはパードリックに何か話しかけられる度に、自分の指を1本ずつ切り落とすと脅しをかけ、実際にそれをやってみせる。
どこかゆったりとした島の時間を感じさせる緩い流れが、突然コルムの常軌を逸した行動によって断ち切られる。
好きの反対は実は嫌いではなく無関心であるという。
コルムはパードリックをまったく無視しているわけではなく、警官に殴られた彼を無言で介抱する場面もある。
だからこそ、いつかはこの二人の関係は修復に向かっていくのではないかと期待してしまうが、いつもその期待は裏切られてしまう。
むしろこの映画は仲違いした人間が再び関係を取り戻す課程よりも、争いがどのようにしてヒートアップし、元に戻れないほどに拗れていくかを描いているようだ。
時代は1920年代のアイルランドで、島の向こうからは内戦による爆撃音が時折聞こえてくる。
島の住民は我関せずなようだが、内戦はとても象徴的な意味を持っていると感じた。
とにかく島の住民は退屈しており、常に刺激を求めている。
中でもパードリックは退屈の象徴的な存在のようだ。
また想像力のなさは人を攻撃的にするのだとも思った。
中身のない人間ほどペラペラと喋りまくり、人の批判ばかりする。
パードリックは人の批判はしないのだが、「いい奴」以外の形容をされない退屈な人間で、やはり想像力の欠けた人間なのだと思った。
逆に彼の妹シボーンは思慮深く、感受性が強い。
だからこそ、最終的に彼女は島を離れる決意をする。
島を出る時、彼女には本しかなかった。パードリックは本を読むこともしない。
コルムもまた想像力に欠けた人間なのだろう。自分がパードリックを拒絶することで、先にどのような悲劇が待ち受けているかに思いが至らなかった。
いつかは関係が修復出来ると信じているパードリックは、同じようにコルムに話しかける愚行を繰り返してしまう。
そしてコルムの左手からは指がすべて失くなってしまう。
さらにその指をパードリックが溺愛しているロバが誤って飲み込んでしまい、命を落としてしまう。
引っ込みのつかなくなったパードリックは、コルムに正面から復讐を誓う。
こうして二人の争いは決定的に後戻りが出来なくなってしまう。
パードリックはシボーンとは違い、島に自分を縛り付けたままどこにも行くことが出来ない。
最初は仲良しだったのに、亀裂は徐々に大きくなり、修復の機会を見失ってしまう。
争いを終わらせることが出来ないのは、お互いに意地を張り合うからなのだと思った。
物語は一応の決着を見せるものの、後味の悪さは残った。
二人の争いと島で起こる出来事すべてを見通しているかのような老婆の存在が魔女めいていて印象的だった。
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