幽斎

愛すべき夫妻の秘密の幽斎のレビュー・感想・評価

愛すべき夫妻の秘密(2021年製作の映画)
4.0
皆さんは「sitcom」シットコムをご存じだろうか?。サイレント時代にドタバタを楽しむスラップスティックに対し、台詞を楽しむシチュエーション・コメディが台頭。シチュエーション・スリラーと構図は同じで、固定された舞台で登場人物も一定、醸し出される食い違いで笑いを誘う。それを略してシットコムと言う。Amazonスタジオ製作、AmazonPrimeVideoで鑑賞。

定期的に登場するAmazonスタジオの賞狙い作品。目論見通りアカデミー主演女優賞、主演男優賞、助演男優賞ノミニー。ゴールデングローブでNicole Kidmanが主演女優賞。配信映画に懐疑的なオスカーの視聴率が低いのは当然、アメリカもCOVIDで新作をVODで見る習慣が根付いた。私は劇場公開作品と配信作品の上か下か論争に参戦する気は無いが、配信「独占」には反対を鮮明にしたい。選ぶのは観客、平等に選択種を提示するべき。オリジンが古過ぎて、先輩の助言を聞いてレビューを続けます。

「アイ・ラブ・ルーシー」アメリカで1951年~1957年に放送されたシットコム。きちんと見た事も無いが父親の世代はNHKで放送されてドハマりらしい。私の世代でシットコムと言えば「Mr.ビーン」だが、日本では「ホームドラマ」の牙城を崩すブレイクには至らず。強いて言うなら「男はつらいよ」シットコムの正常進化と言えるが、アメリカに「笑い」はシットコムしか無い。日本は落語、漫才、コントと幅広いジャンルとレベルの高い「お笑い」が既に有った。

「アイ・ラブ・ルーシー」毎週6000万人の視聴者がテレビに釘付けに為るフィーヴァー。毎週金曜日の夜9時から30分間だが、水道の使用量が減ったと言う伝説も。当時は1000万で大ヒットと言えるので、その化け物振りは想像不可。ルシル・ボールは鳴かず飛ばずのB級女優と烙印を押されたある日、デジ・アーナズと恋に落ち、駆け落ちして夫婦に。番組のモンスター級のヒットで国民的テレビスターとして全米で認知される。問題は好きな表現では無いが仕事と家庭の両立。

夫のデジはキューバ生まれの移民。夫が家族を養い守る精神は日本人の感性に近いが、キューバの国民性で浮気も男の甲斐、日本の歌舞伎役者の様な言い訳(笑)。陽気な性格は人を引き憑けるが、ルシルは番組を利用して夫とのすれ違いを回避。次第にドラマと同じ様にアメリカの価値観をデジに当て嵌める。デジは主演で有ると同時に番組の裏方でプロデューサーとしても有能。だが、キューバ的国民性を否定するルシルの常に「影」の存在でしか無かった。本作のメタファーは「嘘」。私もオリジンは知らないので、YouTubeを参照(カラー化動画)。
www.youtube.com/watch?v=WjAQC7CP00A&ab_channel=Ross117

Hollywood Blacklist、赤狩りでマッカーシズムが吹き荒れる中、ハリウッドで活躍する監督や脚本家、俳優など「ある時期」共産党と関連が有るとされたリスト。証言を拒否して議会侮辱罪で有罪判決を受けた10人をハリウッド・テンと言う。ユダヤ系のディズニーは全面協力、Ronald Reagan(元俳優(笑)、Gary Cooper、Robert Taylorは賛成派。Burt Lancaster、Henry Fonda、Gregory Peckは反対派とハリウッドを2分する大騒動。ルシルも審問を受け疑惑を払拭するが、10人を助ける運動の中に彼女の名前も。詳しくはアカデミー作品賞「グッドナイト&グッドラック」も観て欲しい。

脚本を書いたAaron Sorkin監督の才覚の見事さ。「ソーシャル・ネットワーク」アカデミー脚色賞。続く「マネーボール」「スティーブ・ジョブズ」秀逸なスクリプターでハリウッドを席巻。Jessica Chastain主演「モリーズ・ゲーム」監督に進出、アカデミー脚色賞ノミニー。小説の世界でも東野圭吾の様な早書きは居るが、短期間でトリッキーな構成をエンタメに昇華できる、本を読む人なら凄さが分るだろう。長男のデジ・アーナズJrもエグゼクティヴとして参加。

Nicole Kidmanで夫婦役と言えば「アイズ ワイド シャット」。夫役は実際に夫の「トップガン マーヴェリック」絶好調のTom Cruise。シットコムの代表作「奥さまは魔女」でも主演を務めた。彼女は美人女優から文句の附けようが無い名優に成長したが。未だに整形疑惑で女性からの目は厳しい(笑)。レビュー済「スキャンダル」Charlize Theronの引き立て役を見事に演じ、レビュー済「ストレイ・ドッグ」ノワールな汚れ役と、54歳の挑戦は終わらない。ルシルと全然似て無いけど、とにかくチャーミングでファッション・センスも素晴らしい。凄いのは「皺」の消し方。一瞬、SF映画かな?と思う程のエンドロールのVFXチーム。ボトックスを逆手に取ったCGモーフィングで、合成が自然に見える滑らかさ。もう、ドモホルンリンクルは要らない(笑)。

【ネタバレ】念の為に貼っとくか(笑)【閲覧注意!】

イントロダクションは「当時のあの週は恐ろしかった」インタビューで始まる。本作は秀逸な人間ドラマですが、年配が過去を振り返るシーンをインサートする事で、誰もが実際のドラマとリンクしたドキュメンタリーと錯誤させる、スリラー顔負けのレトリックが冒頭から炸裂。お化け番組を、しれっと偽物扱いするフェイクな演出。調べたけどJess Oppenheimerは1988年没。監督、ヤッパリあんた凄いよ。

メタファーは「嘘」と書いたが、実在した番組を名優を使ってフェイク・ドキュメンタリーとして始める事で、良く出来た「伝記映画」と思って観てる観客を見事に惑わせる。アメリカ国民から見れば予定調和しか念頭に無いので「月曜日の読み合わせ」~「金曜日の番組収録」と曜日をセグメントとして見せる事で現実感も忘れない。凝り固まった既成概念を壊す事で、その後の展開を監督は柔軟に描ける。観客はリアルとフェイクの境界線を見失うが、私も監督の様に「嘘」が上手に付けたら、と思う。

時代を感じさせるショービズの保守的な体質。当時のテレビ業界は映画と同じくターゲットを「保守的なキリスト教の白人家庭」。ルシルのキャリアを以ってしても、キューバ系のデジは扱い難い。デジは歌も上手くCBSラジオ(名古屋じゃない(笑)「My Favorite Husband」人気番組と認知されても、テレビ番組ではアメリカ人女性がキューバ系と結婚するのは却下。彼女が夫の為に尽力した事は本作でも十分垣間見れる。

悔しさをバネにルシルは自らのプロダクション「Desilu Productions」を設立。社長が誰もが知る現役の女優と言う事で、当時は冷ややかな目で見られた。社名は当然、夫婦の名を掛け合わせた。エジソンと縁の有るウェスティングハウスが設立したCBSとのコネクションで作られた「アイ・ラブ・ルーシー」。その後も「保安官ワイアット・アープ」「アンタッチャブル」「ルーシー・ショー」ヒットを連発。

中でも「宇宙大作戦」は後に「スタートレック」として国民的ドラマに成長。私的には「スパイ大作戦」ですよ。1966年~1973年まで放送された大ヒットシリーズ。デシルプロは経営難に陥りハリウッドのパラマウントに売却される。アイ・ラブ・ルーシーが無かったら、Tom Cruiseのミッション:インポッシブルは産まれて無い。Tomが子供の頃に夢中だった「スパイ大作戦」権利を買ってシリーズ化。ルシルは後ろ向きな業界の体質まで変える努力と才能が有った事は、観て貰えれば分る。

ラストの描き方はエンタメのお手本。アメリカ国民なら誰もが知ってる俳優が、FBIまで駆り出して大立ち回り。アカ疑惑を視聴者を味方に付けて世論を納得させるのは、ショービズらしい痛快さ。と思ったら不倫疑惑で急転直下、問題なのは不倫もアレですが、デジの「アイツは只のコールガールだよ」発言が決定的な亀裂を生む。ルシルは男性社会のショービズの世界で悪戦苦闘。そう思えばコールガールもショービズの世界に居る労働者に変わりない。働く女性を見下す発言は本音で、夫婦の危機は決定的。と、私は思いますが、女性の皆さま如何でしよう?。

女性と男性の闘いは時と共に人種に移り変わる。本作をAmazonスタジオが作ったのも、ハリウッドの外国人記者協会に黒人が1人も居ない事が問題視されたから。本作は名優の立体的な演技で、差別に対する警鐘を静かに、しかし確実に鳴らす事で監督の意図を明確にした。夫婦が終わっても番組は続く、その本当の意味を観客も共有する。

「愛すべき夫妻の秘密」タイトル考え奴、Amazonでハンマーを買ってコツンとやりたい(笑)。
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