幽斎

哀れなるものたちの幽斎のレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
5.0
レビュー済「聖なる鹿殺し」Yorgos Lanthimos監督が、卓越したストーリーテリングで描くイクストゥロォーダァナァリィ。年間ベスト級の傑作。MOVIX京都で鑑賞。

Extraordinaryを英国風に言うと並外れたと言う意味、一見するとキテレツのオンパレード、示唆に富んだプロットは、ギリシャ人らしい、Deus ex machina「神」への領域を聖なる鹿殺しと同様に描く。ヴェネチア映画祭金獅子賞、ゴールデングローブ作品賞。

アカデミー賞11部門ノミネート。Emma Stoneは既に「ラ・ラ・ランド」アカデミー主演女優賞、私の予想は「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」Lily Gladstoneだが、受賞はサプライズ。メイクアップ&ヘアスタイリング賞、美術賞、衣装デザイン賞も受賞。本命「バービー」アンチ ポリコレで敬遠された模様(笑)。

原作「Poor Things」スコットランドを代表する詩人、Alasdair Grayが1992年に発表。イギリスの直木賞と言えるウィットブレッド賞。Laurence Sterneをパスティーシュしたモダンな作風。ハヤカワ文庫をKindle版で読了、原作との比較ではコメディを強調したメタフィクション。Grayは制作途中の2019年没。映画はMel Brooks監督「ヤング・フランケンシュタイン」インスパイア。Emmaの造形はLuis Buñuel監督「昼顔」インスパイア。本作は名作の数々をモザイクしたパッチワークでも有る。

Mark Ruffaloはダンカンを演じる事が最後まで嫌で「俺もう55歳だし俳優としても下り坂だし体力にも限界が有るし」イメージ通りに演技するのは飽きたと、親友のOscar Isaacに「お前がヤラないか?」声を掛けた程。「片足が棺桶に入った気分」ヤケクソの熱演はアカデミー助演男優賞ノミネートと言う形で報われた。Emmaと騎乗位だから最後は楽しかったと(笑)。ベラのキャラクターは日本でも人気のオーストリアの画家Egon Schieleがモチーフ。美術はGrace Kellyに代表されるOld Hollywoodで統一された。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

私の専門ミステリー風に言えばプロットは「フランケンシュタイン」。だが本当のフランケンシュタインを知ってる方は少ない。作者のMary Godwin Shelleyは当時まだ19歳、世界的な奇書として彼女こそサイエンス フィクションの創始者として称えられる。ゴシック小説「ディオダティ荘の怪奇談義」元ネタ、ソレを見て書いたもう一人がJohn Polidori「吸血鬼」でKen Russell監督「ゴシック」Natasha Richardsonの代表作だがスキー事故で死亡。喪主の名はLiam Neeson。

新潮文庫「フランケンシュタイン」改めて読み直したが、フランケンシュタインは実は幼い弟が殺されて捜査を行うミステリーに加え、科学者と怪物が邂逅する哲学的思想。妻を造る約束を反故にして彷徨う復讐とプロットも幅広い。近似作ではElle Fanning主演「メアリーの総て」お勧め。母親Mary Wollstonecraft、彼女もイギリス人だがフェミニズムの先駆者、著書「女性の権利の擁護」LGBTQ+のバイブルとして多角的に考察。偉大なる母と娘のクリエイティヴに敬意を表して本作は創られた。

監督がイギリスをプロポーザルするのは意外、ヴィクトリア朝がモデルでPuritanism、上流階級と貧しい階級の現代に通じる格差社会。女性は型にハメられ抗うしかない、監督はハイスタンダードを皮肉り、オープニングから飛び降り自殺、ミステリーの倒叙スタイル。秀逸なのは画力に悲壮感を感じない事。フランケンシュタインから「Inversion」転生がレトリック。ベラの姿が異形なのは描かれるフェミニズムも異形だから。

代表作「ロブスター」同じストーリーライン。家族とか権力からの「脱皮」。ベラも外界の世界に触れると、ビニールハウスで育てられた果実の様な過保護から脱皮。アイデンティティの目覚めは容易いが、夫のSadisticsと妻のFeminismは絶対に共存しない。「Transition」ベラのメイクやファッションも変化。母親+赤ちゃんの脳味噌=ホラーをソウ見せないのは流石。ハイブリッドでトランジションするプロセスを寓話的に描く。

男性陣にお聞きしますがアレで勃ちました?。監督の過去の作品はドレも霞を食べるドライなセックス、少しはFANZAを見習え(笑)。騎乗位は男の方が腰に来るのでRuffaloにはバンテリンでも差し入れしたい。不似合いな音楽でエロを排除「背徳感」無い事に着目。中盤のSEX Workerへ見事に繋がる。性のアイデンティティはネガティブでは為らないと言うメッセージ。OrgasmとEcstasyの違いが貴方には分かりましたか?。

人間は常に制限の中で生きる。社会的規範と言うトリガー。ベラは身体は大人、精神は赤ちゃんで欲望のブレーキはない。安全装置の外れた存在は最強の学習マシーン。高く評価される訳は、成長する為に余計な虚飾を除く純粋な姿を可視化。記憶はデータとしてクラウド化され何時でも取り出せる時代は必ず来る、身体はショーケースに過ぎず、己が何者かと言うSF的な問いも、自分で決めるとベラなら言う。男の創造主から与えられた人生、ベラも脳神経外科医と成って完結。始めは自分が人畜無害、最後は夫を人畜無害化。LGBTQ+で男性こそ時代に取り残される前に見るべき。ゴッドの「脳」をベラはなぜ移植しないのか、貴方には分かりましたか?。

ポストモダンフェミニズムとしてフランケンシュタインから換骨奪胎した、稀代の傑作。


アメリカはLGBTQ+が盛んなイメージが有るが、Queerへの意趣返し「Backlash」ジェンダーへ反発する動きも活発化。今年のアカデミー賞も、アジア系の昨年の覇者がトロフィーを渡そうとしても、Emma Stoneがスルーした事は記憶に新しい。Queerを称賛するハリウッドも、一皮捲れば差別は依然として根強い。最後の最期で作品に傷を付けた、或いは本音が出たとしか言いようが無いのは、同じアジア人として甚だ残念。
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