幽斎

メグレと若い女の死の幽斎のレビュー・感想・評価

メグレと若い女の死(2022年製作の映画)
4.0
推理小説作家でベルギー出身Georges Simenonの世界的に有名なJules Maigret警視を描くミステリー映画。京都のミニシアター、京都シネマで鑑賞。

私の専門はミステリーですが、フランスの推理小説は、本国イギリスやアメリカの様な起承転結を由とせず、心理的瑕疵トリックがモチーフで、一般的なロジックが読者の錯誤を誘発するマクガフィンが肯で有り否でも有る。Victor-Marie Hugの様な詩人がフランスにはお似合い、Jules Gabriel Verneの様な論理派は稀。此の二人に比肩するのがSimenonでフランス作家御三家と言われるが、彼はベルギー出身で、売れたくてフランス語で書いただけだが、フランス人の殆どが彼がフランス人だと信じて疑わない。

彼はメグレ警視が本線では無く、純文学作家だと否定するが「家の中の見知らぬ者たち」「雪は汚れていた」文学芸術の一端と知ら占めた。映画化された「仕立て屋の恋」、原作はミステリーより、殺人事件を扱う文学と言った方が適切。私のフェイバリットは「倫敦から来た男」コレも映画化されたが、ベルギーらしい心理描写が秀逸な本格派。人間の心理が極限まで追い詰められたら?。読めば貴方も「善良な犯罪者」に驚愕するだろう。Simenonの作品はほゞハズレが無い。

飯の種のメグレ警視、ミステリーに遠い方でも知名度は有るかも。長篇75、中短篇28の人気者だが、トレードマークはパイプ、酒好きで仕事はビール、家ではリキュール。妻のルイーズがメグレ夫人。コレが「刑事コロンボ」うちのカミさんがね、名台詞の元ネタ。私はアニメは一切見ないが名探偵コナンの目暮の元ネタ。Hercule Poirot、Ellery Queenに次ぐ存在、私のマストは「殺人鬼に罠をかけろ」Jean Gabin。実は「Mr.ビーン」Rowan Atkinsonのメグレも捨て難い。父親に依れば愛川欽也のメグレも見たとか。

「髪結いの亭主」Patrice Leconte監督が手掛ける時点で、フランス映画界総出で制作する意気込みも伝わる。「仕立て屋の恋」続いて登板。演じるのが名優Gerard Depardieu。世界的に絶賛された「幻滅」元気な姿を見せたが、原作は食いしん坊で身長180cm、体重100kgでお似合い。フランスを代表する俳優Daniel Auteuilが選ばれたが、監督と意見の相違で降板。元夫人は世界遺産的女優Emmanuelle Béart様、60歳でも羨ましい(笑)。

原作「Maigret et la Jeune morte」早川書房、旧訳本は持ってるが新訳本は読んでない。メグレの中期の傑作、フランス本国の選択は正しい。Simenonの脂の乗り切った頃、原作では不愛想な刑事ロニョンとの駆け引きも見所。寒々とした事件と人情味溢れるメグレとの対比も見事。足を使った捜査が、じわじわ真相に辿り着く様は圧巻。父親が好きな「夜明けの刑事」っぽさも有る。秀逸なのは殺人犯を追う英米スタイルで無く、被害者の感情に寄り添う叙情豊かな作風。Simenonは基本的に簡潔で読み易いが日本で言えば「はぐれ刑事純情派」お好きなら是非読むべきと太鼓判を押したい。

メグレにはモデルが有り、実在した探偵Marcel Guillaumeと言う説がミステリー界隈では常識。登場するレギュラー陣は、検察官ルーカス、部下ジャンヴィエ、主治医ラポイント、警察外科医ポール、治安判事コメリオー裁判官。当時としては珍しく科学捜査を積極的に扱うチームは「科捜研の女」元ネタ。Simenonの娘マリー=ジョーは20歳の時に自殺、色々な作品に反映されるが本作も代表的。若い女が死体で発見されるバックグラウンドは原作と映画ではかなり異なるが、原作が書かれたのは1954年。コンプラを意識して改変された本作の顛末は恐ろしくも有り、悲しくも有る。

正直に言えばPoirotの様にもっと有名な作品にすれば?、と思うがジャケ写のイメージで旧作に見えても不思議じゃない。英米のミステリーの様にトリックを暴くのではなく、被害者がどんな人生を歩んで犯行に巻き込まれたかを紐解く点が秀逸。不審死の謎を追うレトリックはスルー、一見すると関係無いと思われる二人。共通する「都会のパリに憧れる」三人が分岐して作品を立体的に構築するのはSimenonの真骨頂、監督の光を操る演出も素晴らしく、最後まで見れば邦題が何が言いたいのか分かるだろう。

原題「Maigret」の通り「貴方はメグレ警視をご存じですね」状態からスタートするので、フランス映画あるあるの典型的な初見殺し。でも、初心者でもとにかく明るい安村の様に安心して下さい。「事件の日がジャニーヌとローランの婚約発表」参加した女性が不審死。田舎者は都市部で認知されない、フランスお得意の疎外法則も発動。日本人が「Nice」と聞けばコートダジュールは有名な世界遺産。パリ市民から見れば単なる田舎者、冬場の保養地の認識しかない。パリと京都は姉妹都市、何か分かるわ(笑)。

プロットは倒叙モノの変形パターン。ライナーノーツは「田舎から来た女性達はどのように成り上がるのか」如何にもフランス人が好きそうな階級差別も臭う。富豪をゲットした勝ち組のジャニーヌ、彼女が抜けた按配で来たルーイズ。競争にすら参加出来ないベティ。メグレには娘が居たが、原作では幼少期に亡くなった。マクガフィンは「娘」、負け組のベティに肩入れする訳は「もしも娘が生きてたら」ミステリーで不可侵の「If」の世界。Simenonが娘を自殺で亡くした過去と見事にクロスオーバーして幕を閉じる。

ミステリーなのに何時もの【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】を入れなくてもレビューは幾らでも書ける。ソレだけ原作は用意周到、結末を知ればメグレが世界中で愛される理由も、また分かり易いと思う。

フランスらしい悲劇でさえない悲劇は、人間の取るに足らなさからの悲劇も可視化される。
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