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ボイリング・ポイント/沸騰のLCのレビュー・感想・評価

3.8
面白かった。

わしはお料理が、特に「手順(課題)を次々に速く行なう熱の籠った感覚」が苦手なのだけれど、その個人的な感覚にとても近い景色が描かれていて、面白かった。

「 boil 」は、遡ると「膨れる」ことを表す言葉から来ている。
このイメージは、熱を持った液体が小さな膨らみを幾つも作ることは勿論だけれど、「腫れ」や「腫瘍」にも重ねられ、「複数の炎症」を表す使い方にも繋がった。
「 Boiling Point 」という題名だけれど、これは単に「液体が気体に変わる温度」のことだけを指しているのではなく、作中で描かれる幾つもの、数え切れない程の問題が積み重なって膨らんでいき、もう誤魔化しながら進むことが出来なくなる、その地点をも表している。膨らんだ水や腫瘍が、ぱあんと弾ける、その瞬間。

お料理ってやつぁ兎に角、数が多い。
何の数かって、必要なものの数と、それらを処理していく手順(切るとか煮るとか洗うとか)の数と、「何分」とか「弱め」とか「細め」とかの、細々したルール(各手順の詳細)の数。
それに加えて、ひとつひとつの材料を覚えるのも、とても難しい。わしは人の顔と名前を覚えることが苦手だけれど、食材も同じ。しかも奴ら、「野菜」とか「魚」とか「穀類」とか細々とカテゴリーに分かれてやがる。
そんなわけで、わしは「これとこれ買ってきてね」というメッセージの「これとこれ」を見るだけでも、頭から煙が出そうになる。耳からでもいいが。おいらはぼいらー。ぷしゅー。
本作では、その辺のお料理は任せろな料理人たちはもちろん、ひとつところで共に働くフロア担当者たち、経営面を担う者、現場の総指揮を担う者、様々な立場の者たちが、各々にそれぞれ、頭から煙が出そうになっていく過程を、次から次へと見せてくれる。

自分たちのテーブルに来るフロア担当者が黒人だから、あれやこれやと難癖をつけるお客さんとか。
そうやって難癖をつけられて、他にどうしようもなくお料理を下げたら、今度は料理人たちが「この料理はこれで正しい、説明したのか、この店のフロア担当は全くなってない」と憤ったりとか。
次々とタスクが積み上がるゴッタゴタな現場を何とか回したいけれど、そうすると大切な者と共に過ごしたり、話したりする時間が削られていってしまったりとか。
ひとつひとつ目の当たりにしていく「各々が抱えている、物理的、精神的な問題」が、1つの飲食店に犇めいている。ぎっちぎち。
その、ぎっちぎち状態で、何とかやっていこうとしてる姿も、複数確認できる。ある人は、自分の腕を傷付けて。ある人は、薬物に頼って。ある人は、大きな声で主張して。ある人は、「落ち着いて話そう、お酒でもどやろか」と歩み寄る姿勢を見せることで。
みんな、「どうにか今夜も無事に仕事を終えよう」としていく。問題が犇めいているここで、止まらずに進んでいこう。
ノリが軽いからって失礼なことをされても、ニコニコとノリの良い人のまま、何とか今夜も乗り越えよう。仲間内でちょっと愚痴ったりしながら。
でも、もう誰ひとり進めないところまで、事態は達してしまうのだ。

「あんたはいつもごめんとかやるって言うだけやんね」とか「あんたは偉そうに指図するだけで経営の腕はからっきしやんな」とか、そうやって指摘される者たちは、それぞれに背負うものがあって、いっぱいいっぱいで、もう個人的にぎっちぎち状態なのだけれど、指摘内容が間違っているわけでもなく、更に追い詰められていく。
その時に、感情的に言い返さず、ぐっと受け止めて、相手の言い分をきちんと認める姿には、やっぱり感嘆する。
そうあるべきだけれどね、大人として。「でもお前だって悪いとこあるぞ、こっちの立場もわからねえくせに」と、幼稚な理屈を振りかざすことはしない。案外、そういう幼稚なことやりがちな大人も、世の中たくさんおるから、尚更。もっと言えば、それが子どもにのみお目溢しのある幼稚な行為だと、そもそも知らない大人が、とても多い。
相手の言い分を受け止めて、でも自分も既にいっぱいいっぱいで破裂しそうで、あっちもこっちも手が回らなくて、「もうやめたい、何もかも放り投げたい」と弱音を吐いて、でも、それでも、立ち上がって、仕事場へ歩みを進める。
その背中には、目を逸らさずに見守ってしまうだけの凄味がある。進んでいくしかないのだとしても、彼は、そこで逃げずに進んでいくことを選んだのだから。

最後まで見守る。
でも、それは決して辛い作業にはならない。次々と現れる光景は、縫い目なく滑らかにカメラに映されていくので、その見事さに呆気に取られていると、あっという間の90分くらい。
その90分くらいで、詰まって詰まって、温度が上がって、膨れ上がって、ぱあんと弾け、そこで訪れる冷たさを、自分の頬にも確かに感じられるような作品だった。
その冷たさが、膨れ上がった熱を、少しでも和らげてくれるといいね。酔い覚ましに夜の風に当たったりする、そんな感覚。ゆっくりするべき時間が、訪れるべくして訪れたのだから。
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