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スタートアップ!のLCのレビュー・感想・評価

スタートアップ!(2019年製作の映画)
3.7
面白かった。

「시동」は、「始動」という意味だけれど、そこには「何かを始めること」とか「エンジンをかけること」といった、能動的なニュアンスが含まれる。
物語は、なかなかエンジンのかからない原付の場面から始まる。本作の登場人物たちは、みんなそれぞれに、その原付みたいな状態だと言えそう。
走って行けずに、停滞している。

未だに体調が回復しないもんで、最後まで見られるかちょっと自信がなかったけれど、笑えて、緊張して、ホッとして、あっという間の鑑賞時間になった。体中の痛みを、しばらく忘れられた感覚。
消費者金融さんとか、ヤクザ屋さんとか出てきたりするんだけれども、耐性なし人的にも、大変見やすかった。素敵。

主人公は、予備校に行って高卒認定を取り、その後大学に行く、というタスクを押し付けられることが、心底嫌だったようだ。
自分にとってはあんまり心が動くことじゃないから、「そうしろ、そうしなかったらどう生きていくねん」とうるさく言う母親さんに反発する。
ある日彼は家出をして、おっかなびっくり知らない町へと踏み出して行き、そこで出会った中華料理店に住み込みで雇ってもらう。
そこの料理人は、なんだか物凄く強いんだけれど、どうやら目立つ力の使い方はしたくないようだ。主人公には当初それが、大事なところでは逃げる、内弁慶的な姿に見えるんだけれど、彼には彼の事情があった。
主人公が出会う他の人たちも、それぞれに「見て受け取れる印象だけではわからない事情」を抱えている。

主人公も、料理人さんも、同じく住み込みで働く者も、自分が属する場所から外へ出た共通点がある。
彼らは、自分がどこに属したいかを見つけていたり、まだ探していたりする。
そういう、外へ出た者ばかりではなくて、留まりながらも道を切り拓こうとする者たちも居た。主人公の友だちや、彼のばーちゃん、知人、主人公のかーちゃん、料理店のオーナーさんや、もしかしたら、ひとりぽっちの赤髪さんも、そうだったかもしれない。
ひとつの場所に居続けるが、そこにもそれぞれに、事情があった。他者の為に働き回ったり、自分の思い出の為にそこを出たくなかったり、単に出るのが怖かったりする。
事情を抱えるみんなが、様々な関わり方をして、少しずつ物語の中心に集まっていく感じ。

それぞれの事情が、全て詳細に描かれるわけではなくて、だからこそ、重過ぎない雰囲気を保っていたように思う。
大切なのは、相手がどんな事情を抱えているか詳細に把握することではなく、道を切り拓こうとする者同士、支え合うことなんだろうね。
赤髪さんとの、決して良くない初対面の印象を抱えつつ、主人公は彼女の状況を観察する細やかさも持っていた。
でも、根掘り葉掘り事情を聞くことは、しなかった。困っている人なんだと思ったから、オーナーに頼んで、自分のお給料から彼女のご飯代を天引きしてもらう選択をした。
たぶんそれは、主人公なりに、彼女が誰かに期待することなく、自力で足掻いているんだと理解したからかもしれない。

困っている人を助けている。
そんな仕事に就けて、自分としても実入りが良くて、順調で嬉しそうな友だちは、その仕事での経験をきっかけに、大きく葛藤していく。
助けている筈なのに、怒りや憎しみを向けられるのは、何でだろう。「助けて」ではなく、「殺して」と言われたのは、何でだろう。
彼と同じ葛藤を、きっと知人さんも持っていた。その道で長く活躍している先輩に見えたけれど、なるべく「脅しの範囲」で済ませたかった人に見える。
実際に他者の体を故意に傷付けて、そうして自分がお金を手に出来ても、それで笑える人じゃなかった。
ぼくも、怖いし、不安なんよ。
その知人さんが、チキンのお店を立ち上げたことに、ちょっとびっくりする。お肉を切る感触、大丈夫なのかな、彼も強い人なんだね。
今まで、自分で稼いだわけでもないお金を、散々他人から巻き上げてきた。自分で作り上げたチキン分くらい、1回の配達分くらい、気前良く差し出せるよ、でも次はよろしゅうね。そんな姿に、自然とニコニコしちゃう。わしが。

ばーちゃん、孫が心配だったろうけれど、家が賑やかになって、だいぶ寂しくなくなったかもしれない。
焦らなくても、道を見つけられる。孫のその力を信じていたんだろうかな。彼が焦っている様子を見ると、彼女も不安を感じたのかもしれないね。
かーちゃんは終始張り詰めていたように見えるけれど、最後にゴタゴタを全部飛び越えるようなビンタを見せてくれて、爽快感の化身なのかと思っちゃった。目の前で息子を踏み躙るやつあ、誰であろうがお仕置きだよな、そうだよな。張り詰めていた分、解放させた力は、強大だよな。
料理人さんは、これからも楽しくおちゃらけながら、好きな音楽に身を揺らせてどうぞ。かっこつけなくていい日々を、本当に楽しそうに過ごしておる。その様子がとても好き。何でその日常で当たり前に強いんだ。
オーナーさんはきっと、2人目の娘を、これから目一杯愛情込めて育てていくんだろうね。裸足で夜の町を走っていた子は、それでも出て行かなかった町の中にやっと、居場所を見つけられた。

各々が、それぞれの原付のエンジンをかけてみせた。
良い話しだったよなーという雰囲気を、結構意識して持とうとしてるんだけれど、見終わった今脳裏に浮かぶのは、食卓で楽しそうに踊る料理人さんだよ。そうだよ白状するよ。説得力なくなるかもしれないけれど、良い話しだったんだよ。主人公をおちょくる料理人さんの顔が瞼の裏に張り付いてるけど。なんちゅうキャラの濃さだよ。
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