"I Can't Explan" のビデオを初めて観たときには The Who ではなく観客のカッコよさに感心したものだが、当時の洒落者であるモッズたちをカッコよく映したのはこの二人だったわけだ。Th>>続きを読む
あまりにも優秀な若き人生の求道者から説教を食らっているかのよう。ごめんなさい。でも、こんな形で突然どん底に突き落とされるとは。現実ではよくあることとは言え、やはりあなたは羊の皮を被った冷笑的なサディス>>続きを読む
世界はそれほど統一的ではない。思ったよりももっと分裂的だ。だから、統一の心理が垣間見えたので見極めようとした瞬間、その映像が分裂し忘れ去られる。そういうものだ。
俺は何を忘れたのかな? あなたは? >>続きを読む
この第3話とともにユリの人生は節目を迎える。しかし、彼女が自分の生き方に本腰を入れる前に映画は終わる。彼女の存在は、帝国主義的共産主義の圧政とそれに対する抵抗を映し出すカメラアイに過ぎなかったようだ。>>続きを読む
歴史ドラマ感が増す。ユリの反逆精神が主人公。
ユリの父親が投獄されたのは1938年8月。これはスターリンによる大テロルの時期。優秀な政敵を次から次に公開裁判で死刑宣告。即決裁判による有罪判決者134>>続きを読む
オーソドックスな歴史ドラマだが、これはこれで悪くはない。
1937年11月7日、ボリシェヴィキ革命20周年記念日におけるスターリンの乾杯の音頭:「行動により思想により――そう、思想によりだ!――この>>続きを読む
興味深く見続けさせる展開の巧みさ、スケールの大きさがあるが……。
基本は障碍に阻まれた恋愛が情熱に燃えたぎるという凡俗なストーリー。ナチス占領下のフランスでの撮影という事情を考慮すべきだが、それでも>>続きを読む
小夜と布施野の共依存的つながりも分かるような気がする一方、あすみの心理機制には現実感があります。この感覚が結構行き渡っているのでは? 成れの果て? 今も昔もこれに近いことは日常茶飯事。個人でも組織でも>>続きを読む
どこもがバビロン。盛者必衰。栄華、喜び、奢り、慢心、腐敗、退廃、破滅、涙、イノベーション、そしてまた同じことの繰り返し。ことさらそれを映画の中で繰り返されてもねえ、と思う割に飽きない。
マーゴット・>>続きを読む
どこかと言うと特定はし難いが、斬新な一瞬が所々にそれとなく差し挟まれている。特に序盤。訳の分からない台詞の羅列にもかかわらず、なぜか納得が行くという不思議さ。そこは興味深い。
だが、この斬新さはアレ>>続きを読む
予想とは異なる内容。現実はもっと酷いと思うが、今の家庭も学校もこんな感じよね。一応教師も親もかなりまともな部類だろう。で、当の子どもはどうすりゃいいのかね。特に将来の三宅さん。四面楚歌で潰されるか、安>>続きを読む
カタのアップの表情に浮かび上がる迷い、苦しみ、喜び。普通は誰も気に留めない内面を画面が顕わにする。結局のところ、これからも彼女には嫌なことが降り注ぐだろう。しかし、その先には幸福感も残るだろう。そうい>>続きを読む
女たちに比べて男どもの見た目に卑俗さがない。本当はもっと意地汚い感じだろう。それでも、行き詰まった現実の一面を映し出している。焦点を当てた対象が独特。あまりに凡俗で、見ちゃいられない惨めさ。
クリス>>続きを読む
2016年、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したあとのスポークスウーマンの一言。
「私はデヴィッド・ボウイの方がいいと思うんですが」
お前、このコンサートに魅せられて文学書、哲学書をむさぼった>>続きを読む
まず、この映画のチェコ語の原題は "Viny" で、意味は「罪悪感、後ろめたさ」。英語のタイトルは "Waves" つまり「揺らぎ、押し寄せるもの」。日本語のタイトルは「プラハの春 不屈のラジオ報道」>>続きを読む
メインの雰囲気は素晴らしいんだけど、エンディングは全く好きになれない。これからも神が刹那の歓喜のおこぼれをしょっちゅう与えてくれるとでも? くれないのだ。だから、なぜこんなまやかしを? せっかくのヨー>>続きを読む
第1部:政治を巡って大量の真剣なエネルギーが渦巻くドキュメンタリー。左翼政権の本来的な存在意義。1970年11月の政権樹立以来、先住民居住地の確定、主産業である銅鉱山工場の国有化、労働者層の地位向上等>>続きを読む
アメリカ合衆国が2025年12月に国家安全保障戦略(西半球重視)を発表後、2026年1月にベネズエラへ露骨な軍事介入を実行。この状況下では見過ごせないドキュメンタリー。
1970年11月、チリ。革命>>続きを読む
この作品をメジャー路線に乗せたこと自体が賞賛に値する。
トリックなし、ヒューマニティなし、反戦の主張なし。戦闘現場の熾烈さと生々しさのみ。ここはあんたらと無関係じゃない、覚悟しておけ、などとのたまう>>続きを読む
西洋人は粘り強く戦う。美と殺戮の全てを通り抜ける。全うに、ごまかさず、戦略的に。沈黙は敗北。もはや黙っていることは許されない時代。やられてしまったが、まだ死んじゃいない。
All the Carna>>続きを読む
原作ほど面白くはない。しかし、原作の散漫さを取り除いた分かりやすさはある。同時に、それゆえに失われるものもある。
最もよかったのは、中学時代と結婚後に佳道と夏月が思う存分水の官能性に浸る場面だ。映画>>続きを読む
ストーリーは平凡だが、作り方が上手。全体に漂う重苦しさ、魅力的な猫、どこかで聴いた曲、事故の象徴性、オースティン・バトラーのカッコよさ、エンドロールの斬新さなど。
変革を求めながらも愚かさが堂々と闊>>続きを読む
日常の景色に立ちはだかる凡庸な感性という壁が崩壊し、恐ろしくも神々しい新たな地平が不気味に現れかける。衝撃的な異色映像。
2025年10月8日
クラスナホルカイ・ラースロー(この映画の原作小説執筆者>>続きを読む
物凄いリアル感。歴史上常に起こる戦争の本質を見る感覚。誰もが被害者であり加害者である。私たち日本人も100年前は実際にそうだったし、今も大して変わらない。この様態を生む精神は消滅することなく存続し続け>>続きを読む
序盤がよかっただけに中盤から終盤にかけての酷さが半端ない。吸血鬼ストーリーがほぼ象徴性を持たず、人種問題の重要性とブルースの価値を粉々に打ち砕いている。人種差別というテーマを新たなアングルから語ろうと>>続きを読む
この世界の過酷な現実は本質的に常に変わらない。狭くささやかな世界の純粋さが、だだっ広く厳しい荒野で木っ端微塵に叩きのめされる。時代錯誤感があるものの、見るのはさすがにつらいこの様態を見ることを強いる作>>続きを読む
「クソに価値が出ると貧者はケツなし」
今はそうではない。貧者はますます劣悪なクソをひねり出すケツに磨きをかける。
「美しさはね 我々が耐えるべき恐怖の始まりだ」
元から薄汚れたこの世界では、突如>>続きを読む
野放図な溢美の言と嫉妬塗れの悪口雑言から離れて、作品としてどうなのかを知りたかった。
「自分と向き合うことは難しい」
「誰の中にもモンスターはいる」
自分ときちんと向き合えば、誰もが山口であり伊藤>>続きを読む
私たち民衆という存在は、歴史を通してナナのように自らを犠牲に供してきた。何のため、誰のためとも分からぬまま、心の内など誰からも注目されず、いいように使われてあっさりと殺られる。今だっていくら頑張ったと>>続きを読む
この荒涼感、絶望感、刹那の希望とその殲滅。最初から駄目だったのではないか、アメリカ合衆国という国は。このアングルから作られた作品。ビーター・フォンダの表情と台詞に全てが集約されている。良心は見た目によ>>続きを読む
根源に住みついてしまった病根から逃げられるなどと考えるのは欺瞞。なくなりはしないんだから。この点では全く正しい。目に見えない剥がれたメッキの破片が空から大量に降り注ぎ、この映画のミニチュア版が縷々現実>>続きを読む
何か分かるような気がする。消えることのない刻印から逃れ続ける。逃げられないことは分かっている。悲惨な結末が待っている。倫理的に間違っている。
ジャック・ニコルソンの名演とストラヴィンスキーの暗示でか>>続きを読む
アメリカ合衆国の平凡な田舎町という具体的な背景を強調し、不気味な効果音が静かに鳴り響く以外はほぼホラー感封印。ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカル、エマ・ストーンも極力個性を抑え、普通のアメリカ人>>続きを読む
俳句のように簡潔で、甘えがなく、透明な感性。日常的な非日常。皆が知っているが忘れている大切なもの。それを表現する才能。
それがなければ彼は浮浪者同然。ヤク中のクズとして罰を受けたかのような惨めな顔は>>続きを読む
始めのうちはエヴァ・マリー・セイントの演技に秀逸さを感じていたが、後半に入ってマーロン・ブランドが本気を出し存在感を見せつけ始めた。それをそこはかとなくやってしまうのだな。
わずかだが一歩は一歩。間>>続きを読む
彼女の歌は嫌いだ。だが、たった一人で、何にも頼らず、みっともない自分を晒す姿には意味がある。シュールに世界を切り裂くための裂け目を探している。たまにその辺で見かける狂いかけたはぐれ者の中には、確実に生>>続きを読む