浮浪者さんの映画レビュー・感想・評価

浮浪者

浮浪者

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駅馬車(1939年製作の映画)

3.5

北と南、そして東と西。人々が進路を獲得し、領土とするまでの間に流れたであろう血肉、そしてこれから流れるであろう血肉を背負っていることにさせられる時間の日々。飄々とするものも、淡々とするものも、大胆も繊>>続きを読む

暴動島根刑務所(1975年製作の映画)

3.5

行動派と理論派という無意味な二項対立を止揚することなく、無用なものとして無化していく、圧倒的な白痴的身体。そして、なんたるバディームービー(終盤のみ)だろう。

脱獄広島殺人囚(1974年製作の映画)

3.5

囚人など存在しないのだ、という確固たる外出意識。自粛も自律も言葉遊びにしか過ぎぬことを生権力何様というスタンスであり続けること。

Ryuichi Sakamoto: CODA(2017年製作の映画)

3.4

画中に出てくる「Instant Light: Tarkovsky Polaroids」こいつは中々に貴重古書なんだよなあ〜と思っていたら、幕を閉じた。「バッハのコラール」この汲み尽くせない実作にして隠>>続きを読む

ピクニック(1936年製作の映画)

3.5

犬のように発情し、猫のように気ままに、鳥のように飛び立っていく。自在に変化していく動物的位相に「人間」であることの浅はかさを感じることもできる。

晩菊(1954年製作の映画)

3.6

「何よ。所詮金貸しのババアじゃないの。」あまりにもあり溢れた愚痴で借り手たちは連帯をなすものの、その「所詮」に隠された怯え、哀しさ、そして忿怒を彼女たちは知らない。もうすでに落ちるところまで落ちてしま>>続きを読む

東京画(1985年製作の映画)

3.5

思えば遠くまできたものだ。スクリーンが手元から口元へ移行する現在の中で、真実と無はどのように配給されるだろうか。いい歳した大人が泣く。ただそれだけでよいことになってしまう情動の低空飛行。

ヨーロッパ横断特急(1966年製作の映画)

3.3

メタ構築をするほどの現実性がない中で、地滑り的に「脚本家」だけが存在し続ける。統御する「舞台監督」を渇望することすら望まれない滑稽譚。

世界一美しい本を作る男 ―シュタイデルとの旅―(2010年製作の映画)

3.4

カルロス・ゴーン?

SteidlからどのようにMACKが巣立ったのかまで見届けたかった。

バルタザールどこへ行く(1964年製作の映画)

3.5

島尾ミホの視線からバルタザールを思いたい。

"牛は優しい眼つきで私の眼を見ていました。涙がこぼれそうなぐらいにあたたかい眼でした。斧を持った阿仁おじが何かに区切りをつけるように、「がんば」と言って私
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鉄砲玉の美学(1973年製作の映画)

3.5

生きているものは死にゆくものに擬態することは可能か、と問うこともなく、実践的立場に追いやられた生き物の観察日記。

オアシス(2002年製作の映画)

3.7

再見。身体の制約でも、無理解という制約でもなく。あるひとつの魂がふたつの肉をもってしまっている無限に埋まることない時空の制約を外すために。光から影へ眼をそらし、その影もまた切断=接続していくときに、ま>>続きを読む

鶴八鶴次郎(1938年製作の映画)

3.5

芸は身を助けるが、心を助けるわけではない。心身一如であれ!と心から願わざるを得ない、一元論映画。

腰辨頑張れ(1931年製作の映画)

3.5

奴隷根性が染み付いた大きいだけの人間に、天真爛漫の小さい人間が暴力的にひれ伏さざるを得ない話ほど詰まらぬものはないが、それを観させるに耐える技巧には唸らざるを得なく。成瀬現存最古の恐ろしさ。

風の中の子供(1937年製作の映画)

3.5

精巣からそのまま外界へ解き放たれたようなウブな子供達はまったく生易しい者ではない。遺伝子獲得競争そのままの熾烈さを現実界に投影したような抜き差しならないやりとりが全面化する姿には歓喜を覚えざるをえない>>続きを読む

簪(かんざし)(1941年製作の映画)

3.6

簪により宿(十字架)に磔となった神・仏のような笠智衆(a.k.a御前様)をいかに怒らせる大会の様相がたまらない。怒らせようとする者たちは、それによって生気を獲得して、娑婆の模範囚として生きながらえてい>>続きを読む

青春の夢いまいづこ(1932年製作の映画)

3.5

口を慎まれたサイレント環境においても残響のように聞こえてくれる音と身振りがある。ウレシュウのボンクラ的人生にまとわりつくケダモノの様な学生が社会的人間にむかって成長/堕落していく哀しみの音が響いている>>続きを読む

突貫小僧(1929年製作の映画)

3.5

人攫いという伝統芸能の終焉に心打たれながら、子供という特権的身体を思う。悪事こそが本分とされる革命的な時間。

仮面/ペルソナ(1967年製作の映画)

3.5

あっしはトム・フォードの新作かと思ってしまっただよ。

タブウ(1931年製作の映画)

3.5

映像人類学なるジャーゴン喧しい昨今、ムルナウとジャン・ルーシュを併置して論ぜられることもあり得るか。と、不毛な妄想を駆り立てながら様子見。

サンライズ(1927年製作の映画)

3.6

あまりにフェリーニ的な、それはあまりに人情噺的な。

三遊亭無流菜雨「日之出」

タルテュッフ(1925年製作の映画)

3.4

醜悪さを描きあげるにはまだ足りない。民話における反道徳的可能性から、むしろ悪事は企てられる必要があるのだ、道徳的啓蒙の素材として使うことほど愚かなことも珍しい。

最後の人(1924年製作の映画)

3.6

Ecce homo/この人を見よ。最後の人間は、最初の人間よりも気高い。

ファントム(1922年製作の映画)

3.5

詩という物質の熱狂が、ミューズらしき人物へに熱狂にすり替えられることによって「詩的世界」から追放される滑稽譚。

天国はまだ遠い(2015年製作の映画)

3.6

この生は見えぬものに囲われ、触れえぬものを包んでいる。

微かなものたち、微(生)物としての死んだものたちを。

まだ死んでいない者は、生かされ・生き残り・生き続けている者たち。

死というものが生か
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半世界(2018年製作の映画)

3.3

ほとんどすべてが駄々滑りする世界の中で高村紘(a.k.a稲垣吾郎)が骸と化するシーンのみが限界まで不要不急を貫いていて清々しい。春。

ある結婚の風景(1974年製作の映画)

3.6

感情のはけ口を見出せた時、人は幸福の下に覆い隠された不幸を幻視する。ほんとうに怒れること、ほんとうに哀しみにくれることは未だ優しい。「ほんとう」さは持続がしないがゆえに。もし「ほんとう」さが持続してし>>続きを読む

アンダー・ユア・ベッド(2019年製作の映画)

3.5

最弱かつ陰湿を極めたヒーローが可能であることを知らしめた快作。

宮本から君へ(2019年製作の映画)

3.6

予告で見限っていた己を恥じかける。池松壮亮の起死回生、蒼井優の安定飛行には演じることを内包した生命の過剰がある。賛否を超えたところでの深い共感の動因として。

凪待ち(2019年製作の映画)

3.5

いちどでも賭事に快楽をえたものは、未来を見たものに生まれ変わってしまう。幻覚とおぼしき確定された未来への投機が、己の人生へと溶け込んでいく瞬間の実在を映しとる。

悶絶!!どんでん返し(1977年製作の映画)

3.6

おのれの中に潜み隠れた「性」の規範が凝りのようにほぐれていく。それはほぐす必要もない骨のような凝りだったかもしれぬものの、ほぐれが生み出す愉快なる笑いにより得られることは確かにある。

スウィング・キッズ(2018年製作の映画)

3.6

衆生を一挙に救いあげようとする大乗の試みは、危うさと恐ろしさを孕むものの。情念に形を与えた、切なさの歴史学を祝いたい。

ジョン・F・ドノヴァンの死と生(2018年製作の映画)

3.3

あなたはあなた方になってしまった。

あなたのスタイルを、わたしが理解することなどあり得ないのと同じように、あなたもまた、あなた方のスタイルを理解できていないのだ。

あなた方があなたに再生するか、あ
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二重のまち/交代地のうたを編む(2019年製作の映画)

3.5

とんでもない下手物を見ているという始まりから、比類なき上手物を見ているところまでの駆け昇り方が、あまりに冷静かつ丹念な道行。「女坂」のように労りをもった意識の共有でありました。

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