TO BE HERO Xの8の情報・感想・評価

エピソード08
青色の少女
拍手:20回
あらすじ
連合23年に発生した凄惨な飛行機事故から奇跡的に生還した少女・シアンは児童養護施設に預けられることに。 人並外れた幸運を持つシアンは、次第に周囲から羨望と畏敬の眼差しを向けられるようになる。
コメント11件
八咫烏

八咫烏

院長マザー・テレサ的な人物かと思いきや そうでもなかったようだ。 宗教も音楽も、自由に選べるはずだもんね。 あの男の子は死なせないで欲しいが、、、
いいね!1件
さーちゃん

さーちゃん

ラッキーシアン編
SerathN

SerathN

これ最初の話と最後繋がるんかな
たえちゃんす

たえちゃんす

戦闘シーンだけ特別な感じで2Dだったのにシアンはフル2Dなのか… なに投げたのかと思ったら宇宙ガラスぶん投げてたね
いいね!1件
ダックス

ダックス

このコメントはネタバレを含みます

絵が全然雰囲気違うね。 ラッキーシアン 歌はいのりんであってほしかった。 これはファンのわがままでしょうか、、
おこめ

おこめ

このコメントはネタバレを含みます

うわ大人きたない と思ってたら院長が一番やばくて笑った。自分が正義と思ったらなんでもやるのが人間…を見せられている。 ここでもまた「真実」は軽視される。人々にとって正しければいい。これは4話でも出てきたよね。人々が求めることが真実、というのは危ない話だが、最近、現実でそんなのばかり。ジャーナリストを出してきたのはわくわくする。 過去あった「ダウンフォール」ってなんだろうか?おいおい明かされるのだろうなー。ヒーロー達の争いとは…? 今までは凡人が信頼値を得ていく過程を描いてたけど、シアンは最初からヒーローなんだね。子供の頃から信頼値が高かったということは、出自が特別なのかもしれない。 さらっと2位のクイーン登場。ということは次は彼女の話かも。 ビー玉を投げるシーンふつうに泣いたよ…。でもまた死亡フラグが立ってる!頼む逃げ切ってくれ…! あまり関係ない話ですが、スコアレビューのネガキャンの人、まさにこの作品に取り上げられそうなことを自らやってしまっておるな…と思って見てしまった…笑
やーしょー

やーしょー

「幸運だっていつも完璧じゃない」 幸運の女神と呼ばれる女の子。 本当はヒーローになりたくない、ただ着たい服を着てお友達と遊びたいだけ。そんな彼女に分け隔てなく接するルオくん素晴らしすぎて、限界オタクになっちゃうって。 どうせ死んじゃうんだろ君... この幸せな空間がずっと続いてくれよ頼むよ😭
いいね!1件
73

73

シアンがただ笑ってくれていたら良い
Ryo

Ryo

8話の内容とは直接関係しないが、7話から8話にかけてのタイミングで、Filmarks上に本作に対する急激な低評価レビューが集中した。IDがランダムであったり、レビュー数が極端に少なかったりするユーザーによる、内容が乏しいまま強い否定表現に終始する投稿や、他のレビューサイトからの転載と思われる文面も見られ、いわゆる「レビュー爆撃」の兆候が認められる。こうした一斉的かつ感情的な低評価投稿は、評価システムの信頼性を損ないかねないものであり、健全なレビュー文化の観点からは批判されるべき行為だと考える。 一方で、それ以前から本作に対して「過小評価されている」との声も根強く見られた。確かに、本作の構成やテーマ性、演出などから考えて、もっと高く評価されてもおかしくないと感じる人がいても不思議ではない。しかしながら、Filmarksという場においてそのスコアが低くなること自体には、一定の構造的理由と妥当があるとも言える。 まず、Filmarksは、ユーザーのつけた★1〜5を単純平均してスコアを算出しており、IMDbやMyAnimeList(MAL)のようにユーザーの利用期間や評価などに基づいて、評価の偏りや信頼度を考慮する加重平均は採用されていない。そのため、タイミングや話題性によって極端な高評価・低評価が集中すれば、それがスコアに直結しやすい。また、Filmarksのレビューは気軽に短文投稿できる設計になっているため、深い批評というよりは「好き・嫌い」の直感的な印象が前面に出やすい。こうした仕組みから、完成度よりも「肌に合うかどうか」といった感情的要素がスコアに強く反映される傾向がある。 さらに、Filmarksは日本国内の利用者が多数を占めるサイトであり、「アニメ」カテゴリにおいては日本のアニメが暗黙の基準となっている。そのため、異文化的要素の強い中国アニメは、演出や文法、キャラクター描写の違いなどから、馴染みにくさを感じた視聴者の評価が伸び悩むことがある。これも、単に作品の質の問題というより、受容環境との相性に起因する部分が大きい。 そのため、「過小評価されている」と感じる人の感覚は理解できるが、Filmarksというプラットフォームにおけるスコアは、そうした構造や文化的要因を踏まえた「場における妥当な反応」として受け取ることもできるのではないかと思う。もしスコアに違和感がある場合には、加重平均方式で評価を調整しているIMDbやMALのような国際的なサイトを参照することで、より客観的・多角的な視点から作品を捉える助けになるのではないか。 最後に、本作が描いている「信頼が力になる」「数値で信頼が可視化される」という設定は、このようなレビューサイトの評価構造と驚くほど似ていることにも触れたい。作中のヒーローたちは、社会の信頼を数値として与えられ、その力を保持しているが、信頼を失えば力を失う。この仕組みは、Filmarksでのスコアの変動や評価の揺れと構造的に重なって見える。 本作は、評価社会に生きる現代人の不安や脆さを、エンタメの形で描いた物語であろう。その意味で、Filmarksにおけるスコアの上下もまた、作品のテーマと地続きの現象として受け取ることができる。評価が低いことそれ自体を憂うよりも、その背景や構造を知り、そこから何が見えるかを考えることが、むしろ本作のメッセージに応える一つの向き合い方ではないだろうか。
いいね!2件
わの

わの

子供を利用することへの葛藤はないんか?と思ってしまって、何もかも浅く感じた。 この作品が何を見せたいのかもなんとなくわかるけど、こじつけ感?というか、キャラクターが単なる舞台装置のように感じてしまった。 ネガティブな感想になってしまいすみません。 もう切ろうかと思います。
kore

kore

あれ 順番的にはトラだと思ってたけど先にラッキーシアンなのか