一応最初から見ている。今日は第2週目の終わり。「しずくでもよだれでもなんでもいいんや」と「しずく」役でのデビューが決まったすず子。その子役の依代だった澤井梨丘(りおか)は今日でお終い。ちょっと残念。もうちょっとみていたかったよね。
来週の第3週は、デビューの6年後にジャンプして1933年、オープニングで姿を見せた趣里(しゅり)が登場して、「桃色争議」が描かれるみたい。これは「松竹少女歌劇部(後の松竹歌劇団)・松竹楽劇部(後のOSK日本歌劇団)で発生した労働争議」のことだという。
OSKはドラマではUSK(梅丸少女歌劇団)。実際の労働争議の中心になるのが水の江瀧子(1915 - 2009)。この人、戦後にはアメリカに渡り、テレビや映画のプロデューサーとして活躍し、石原裕次郎をデビューさせた人でもあるのだけれど、桃色争議を起こしたのは浅草。ということは、ドラマのなかでは男役を演じている橘アオイ(翼和希 つばさ かずき)ではないのかな。来週にならないとわからんね。
でも蒼井優の大和礼子(やまと れいこ)は、飛鳥明子なんだろうな。ウィキーには「大阪においては松竹楽劇部が、待遇条件の改良要求が拒否されたことから会社側と一触即発の状態になった。楽劇部員たちは一番人気の飛鳥明子を争議団長に据え、舞台をサボタージュしたうえ、遂に6月28日、三笠静子(後の笠置シヅ子)、美鈴あさ子(後のアーサー美鈴)、秋月恵美子、芦原千津子ら70余名の部員が高野山の一宇に立てこもり、弘法大師(空海)ゆかりの霊峰に「トラスト反対」などと大幕をひるがえして演説をぶち、参詣客の度肝を抜いた」とある。
そんな桃色争議がどう描かれるのか楽しみだけど、注目したいのが「昭和恐慌」と呼ばれる時代背景。1929年に始まる世界恐慌、1930年の金解禁(金の輸出規制を廃止し金本位制に復帰)、1931年の金貨兌換の全面停止(金本位制から離脱)、1932年の血盟団事件と5・15事件など、経済的危機からファシズムへ向かう1930年代は、まさに戦前の日本。「新たな戦前」と呼ばれる今に生きるものとしては、ドラマと一緒に勉強したいところ。
12/2
今週の月曜日の放送の冒頭で「昭和12年(1937年)」とのクレジットがあり、映像には「祝、南京陥落」というノボリが写る。平和そうに見えるけれど、浮かれた気分の背後で時代は大きく動き出していた。
同年7月7日、盧溝橋事件が日中戦争(支那事変)の端緒となる。この盧溝橋、マルコ・ポーロが『東方見聞録』の中で「世界中どこを探しても匹敵するものがないほどの見事さ」と記したもので、欧文表記は Marco Polo Bridge / Ponte di Marco Polo 。日本とイタリアが奇しくもこんなところでつながっているとは。
ドラマの冒頭の「祝、南京陥落」というノボリは、同年の12月に日本軍が南京を陥落させたことを示す。忘れてはならないのが、このときに起こった「南京事件」。
この暗い事件と大和礼子(蒼井優)の死が重なる。モデルとなった飛鳥明子(1907-1937)は、この年、出産の直後に亡くなっている。福来すず子(趣里)が目標だった人を失うとき、日本はあの戦争へと突き進むことになる。
ところで翼和希(つばさかずき)の演じる男役の橘アオイはどうなったのかな。桃色争議の浅草のリーダー水の江瀧子(1915 - 2009)ではなかったみたいだけど、また登場するのだろうか。
11/10
すず子/趣里の歌う『ラッパと娘』のフルコーラスはよかったね。後ろで踊り出す草彅剛もよい。彼が依代となった羽鳥善一のモデルは服部良一(1907 - 1993)だけど、世代的にはニーノ・ロータ(1911 - 1979)と重なる。
ロータは音楽一家に生まれた天才肌で、ジャズにも通じているけれど、アメリカ留学で触れたモノ。映画や歌謡曲も作曲したけれど、バーリ音楽院の学長もつとめた本格派。
いっぽう服部のほうは「江州音頭や河内音頭を子守唄代り」に育ち、亡命ウクライナ人の音楽家エマヌエル・メッテルから音楽理論・作曲・指揮の指導を受けたという。ジャズ喫茶で演奏しつつ、コロンビアと契約してヒットメーカーとなる大衆音楽家。
音楽的なバックグラウンドは、もしかするとエンニオ・モリコーネ(1928 - 2020)のほうが近いのかもしれない。モリコーネは父親がジャズ・ミュージシャンで、サンタチェチリア音楽院に学ぶのだけど、食べるためにアレンジやポップスを手がけ、やがて映画音楽で名を知られるマエストロ。
3人に共通するのは、ジャズやブルースようなアメリカンポップス。音楽だけじゃない。文化的なコンタミネーショというは時代の特徴。そして困ったことに、それは戦争の時代でもある。
『ラッパと娘』フルバージョン オンステージ
https://www.youtube.com/watch?v=PlAopAZOKik
「ラッパと娘」は松浦亜弥&日野皓正のカバーもあるんだね。
https://www.youtube.com/watch?v=3khFxEfVpCA
12/3
菊地凛子の青森弁が爆発。
「相当の "じょっぱり" よ」と呼ばれた趣里。
その「バドジズデジドダ」は大空へ旅立った弟に届くのか。
さあ今週も「トゥリー、トゥ、ワン、ゼロ!」
12/7
「大空の弟」には「クライ・ミー・ア・リヴァー(CRY ME A RIVER)」のタイトルが残されている。このタイトルは意味深だ。同じタイトルの有名なアメリカのスタンダードがあるけれど、そっちは戦後の曲だ。
この曲についてはブログに記事を書いている。ご笑覧:https://hgkmsn.hatenablog.com/entry/2023/02/26/225244
だとすると、この英語タイトルはどこから来たのか。
CRY ME A RIVER の A RIVER は「川のように大泣きする」ということなのだけど、問題は ME 。これは与格の「私に」と取ればよいので、「わたしに大泣きしてみせて」ぐらいのニュアンス。実際、戦後のスタンダードでは、かつてふられて泣かされた男に対して、こんどはわたしにふられて泣いてみればよい、と意味で用いられている。
「大空の弟」の英語タイトルは、誰に向かって「大泣きしてみせて」と歌っているのか。いままで散々泣かされてきた米軍に対して、こんどは泣かしてやるからなという意味にとれないことはない。ならば戦争万歳の歌だ。
けれども、もしかすると、弟を泣かせた奴らに向かって、こんどはあんたらが泣くことになると歌っているのかもしれない。だとすれば反戦の歌だ。
それにそもそも英語は敵性語だから取り消し線が引かれたのか。だから和名で「大空の弟」になったのか。
いまひとつわからない。でも泣かせる歌だった。
参考:
https://www.asahi.com/articles/photo/AS20191108003358.html?iref=pc_photo_gallery_next_arrow
2/1
あの赤子は箱根でできたんだよね。あのとき「ほら僕消えちゃうよ、おいかけて」と言ってた愛助さんが、ほんとうに消えちゃったその瞬間、すず子のもとに誕生の声が響く。
事実は知らない。けれど物語としては女の子でよい。小雪のお母さん、すず子のお母さん、そしてお母さんになるすず子、そしてその娘なのだ。
ここには、霞んでゆくパトリアルキー的なもの(Patriarcale)を背景に、浮かび上がるマトリアルキー的なもの(Matriarcale)がある。そういう話なのだと、ぼくは思った。
2/23
第21週「あなたが笑えば、私も笑う」の金曜日。そうなのよね。子どもを持つと、親の自分がなんとかしてやるぞって気負うものなのよね。でもさ、親って、子が生まれて初めて親になるわけだから、子どもの歳が、ぼくらが親になってからの歳なんだよね。
1歳の子どもの親は1歳。10歳の子なら親年齢は10歳ってこと。だからなかなか人に任せることができない。諦めちゃう人はべつだけど、それでも親として歳をとる。
今ちょうどアンナ・マニャーニの評伝を読んでいるんだけど、彼女も戦争中に出産してるんだよね。笠置シズ子が1914年生まれで、娘のヱイ子を産んだのが33歳の1947年だとすれば、マニャーニは1908年生まれで、1942年の34歳で息子のルーカを出産。
ふたりとも父親は近くにいない。稼ぎを期待できない。女手ひとつで育てるしかない。でも子育てはひとりじゃむり。誰かに頼るしかない。自分もできることはするけど、むしろできないことのほうが多い。親になるってのは、頼れる人を見つけながら、子育てをしてゆくことなんだよね。