ひば

正義の異邦人:ミープとアンネの日記のひばのレビュー・感想・評価

5.0
「一日を無駄にしないで」
1933年オランダは中立宣言も、1940年女王がイギリスに亡命、オランダは5日で降伏しあっという間にナチスドイツの占領国となった。この物語は迫害を受けるユダヤ人や同性愛者ではない、ただ何者でもないとされた人々目線の、一見歴史に波紋ももたらさないような普通で、だが密やかに、そして命懸けの抵抗の話である。彼らは排除の当事者ではない、ただ違う人種で生まれただけ。だからこそ「ラッキーね」と小さなユダヤ人の子供にも同情される。何者でもない人々はこの国で何が起ころうと無視し息を殺して静かに生きよと抑圧されている、それこそがナチスの与えた温情だったから。ミープの勤め先の社長オットーフランクはアンネフランクの父である。彼ら一家を夫婦で守っていくうちに、できたことよりできなかったことが波のように押し寄せる、立とうとしても次の波が。互いにリスクを抱えるためそれぞれ個人プレーで共闘する夫婦は語る、「あなたや私の幸せはどうでもいい」「戦うべきときは奴らではなく僕らが決めるんだ」「泣き顔を奴らに見せるな」
心に残ったシーンがいくつもある。一つは、ミープは自立できずにナチスと付き合う友人に自分でも抑えきれぬほど激昂し説得する。その時にした会話が「あなたはいい人よ」「私が彼と別れても戦争は終わらないし何も変わらない」「あなたが変わる、何が正しいか思い出せる」「あなたは批判以外に何をしてくれるの?」「戦争が終わった時あなたは自分を恥じる」そして絶縁になる。彼女はナチスと関わる事象全てを断罪する。これがより自分を孤独の戦いに追い詰めることになる。街にはそれぞれの戦い方で立ち続ける人がたくさんいるが、その人たちの姿はミープには見えなくなってしまう。もう一つはレジスタンスリーダーとの会話。「殉教は美しいけど賢くない」「このまま終戦を迎えたら自分は身分証を盗むだけの臆病者と感じてしまう」「明日の任務を生還できてもそう思い続けるよ」この作品は後悔の話だ。何もできなかったと終着点は決まっている。わたしたちは一家の末路を知っている、だからほんとうにどうしようもない気持ちになる、この人々は何千万の一握りに過ぎなかったのだから。それでもミープは言う、「自分が手を尽くさないと後悔する、あなたも私に失望する」と。ビルミルナーくんが出てくるのだが(彼は高確率で戦争作品に出ている)、彼の役はユダヤ人の市場価格に目をつけ執拗に追い回す役であり、引き渡せば大金が手に入るような希少価値へと変化したことを利用したまるで絶滅危惧種密売人のような人物で、そんな馬鹿な歴史があってたまるかとかなり落ち込んだ。
アンネの日記は少しだけ触れたことがある。『窓から見える街の水平線があまりにブルーで空と見分けがつかない。これが存在しているうちは、この日光、この晴れた空があるうちは、決して不幸にはならないんじゃないかと、そう考えていた』という日記にうちひしがれてしまった。SNSが大きく影響する世界で歴史というものを語ると、歴史上の人物の言葉ではなく投稿者のイメージや婉曲や着色が入る。そうやって自分の言葉で過去を未来に繋ごうとする人もいれば、片手間でアンネの写真に「本当は何もなかった」と言わせることもできる。これほど酷い仕打ちはないだろう。わたしの浅はかさは1945年で終戦ヤッター!とスパンと歴史上の出来事を年代別に区切って考えていたことにも表れた。当時迫害され生きてた人が翌年もその次も、でも明日にはそれは幻となり殺される恐れを抱き子孫を持つことや人生設計も出来ず、そして今正にある現状にも考えが及ばず。劇中の「過去の物語は前を向く方法を教えてくれる、私の物語に参加し私に希望をくれたみんなに感謝を」という台詞がわたしに何かを呼びかけている

オールドファッションなエンドロール選曲どれもよかったけどこの曲が一番すきだな
https://youtu.be/zCB9fv1MIEQ
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