いろいろ惜しい映画です。
原作者河林満さんは自身の市役所勤務の体験から1990年にこの小説を発表し、世に出た。(ちなみに河林さんは58歳という若さで病の為他界されている。)
亡くなってから河林さんの知人から高橋正弥監督の所に映画化の話が来て、宮藤官九郎(本作でもチョイ役で出演、高橋監督は以前クドカン映画の助監だったそうだ。)や白石和彌らの力も借りながら、制作されていった。
だから、いろんな人の思いが込められ出来上がったという事が分かる。
映画で生田斗真が演じる岩切は「停水執行」を担当しているが、おそらく原作者河林さんの体験がモデルになっているのだろう。リアルでシビアな仕事だ。
原作は今から30年前のものだが、映画はそれを現代に置き換えていて、貧困という点では今の方がタイムリーだとも言える。
ちなみにネットで調べたところ、今でも水道代納付期限を過ぎて2ヶ月後ぐらいには停水されるとのことだ。
さて、映画の完成までの道のりや扱っている題材などはとても社会的なもので、今映画化される意味も大きいと思う。
思うんだけど、思うゆえに、いろいろ惜しいなって感じてしまった。
この作品はタイトルが示すように「渇き」がテーマだ。
この「渇き」には、水道が停められた門脇麦の家のような貧困、子供たちの愛情の「渇き」でもあり、停水する側の岩切の家庭崩壊の「渇き」でもある。
と同時に舞台である前橋市を襲う水不足からの物理的な「渇き」でもある。
だから、劇中何度も出てくる「街中からっからだ。」のセリフの意味も大切なんだろうが、画面上からその「渇き感」が伝わって来ない。(どうやったら伝わるのかはわからないかんですが、、😅)
例えば縁側で仕事を終えて一服🚬する生田斗真のショット。どっちかというと彼のルックスもあるのだろうけど、爽やかに見えちゃう。
見えちゃうってことで言えば、ネグレクトの家庭なのに、子供だけの生活なのに、あの家から、あの子供たちから、そーいったどん詰まり感を僕は感じられなかった。
画面を作る、どのように写るかか細心に苦心する。一流のクリエイターが見せる配慮。白石さんだったら、是枝さんだったら、とは思ってしまう。
演技という点でも、悪くないし、一生懸命なんだけど、生田斗真くんも、他作品では輝く磯村勇斗くんも門脇麦さん(イメージが違い1番インバクあった!)も子役さんも良くやっているけど、もっと引き出せたんじゃないかな、、、(抽象的で🙏)
ラストは作り手の希望なんだろうけど、
岩切の家庭の問題(そうそう、劇中の「水の匂いがする。」は最後までよくわかんなかった。)も姉妹のプールも、そう作り手の願望が全面に出ちゃって、、少し違和感が残ったまま終わった感がしました。
こーゆーテーマの映画をジャニーズ俳優で作って配給することはとても意義があると思います。
ジャニーズと言えば、生田斗真くんは事務所を抜けて、役者として一本立して欲しいです。彼にとってもチャレンジングな作品だったのだと思います。
上手くいかなかったところは多々ありますが、その思いには共感し、応援したいです。
一気に書いて、ああっ喉渇いた〜😅