Yutaka

TAR/ターのYutakaのネタバレレビュー・内容・結末

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.6

このレビューはネタバレを含みます

寡作なトッド・フィールド監督の16年振りの作品は、キャンセルカルチャーの歯痒さや、現代社会が抱える"正しさ"の厄介さに真っ向から向き合った挑戦的で切実な傑作。かなり難解でもあるし、複数回鑑賞しないと分からない事もあると思う。
父権主義であるレズビアンの女性指揮者という難しい役柄を演じたケイト・ブランシェット。彼女は自身のグルーミングによって生徒を自殺に追い込み、それが告発されて地位を奪われ転落していく。Tarは人間的には最悪で自業自得ではあるのだけど、彼女の音楽ないしは音に対する向き合い方とそのカリスマ性はめちゃくちゃ魅力的でもある。
授業で父権主義的である事を理由にバッハを嫌うパンセクシャルの生徒を詰めるシーンがあって、それが後半で編集され切り取られてキャンセルを更に加速させる。彼女が酷い事を言っているのはそうなんだけど、言っている事にはめちゃくちゃ共感した。アイデンティティも全て昇華させて芸術を生むのだと。その通りでしょう。
音に対する向き合い方として、彼女が感じる生活音などのノイズを繊細に表現した音響がとにかく凄い。家電などの人工的な製品から発せられる不自然なノイズをとにかく嫌に不気味に響かせて、彼女の心理状態の写し鏡のように表現する。
ラストがアジア蔑視だという批判があるらしいけど、監督も言う通りそれは違う。彼女は直前に、マッサージ店といって紹介された風俗店でまるでオーケストラのように並んで"選ばれる"のを待っている少女達を見て、自分が如何に権力を濫用していたのか自覚して吐くシーンがある。(その前には娘が動物の人形を並べてオーケストラを作り、全員に指揮棒を持たせようと言ったら「そんな事は出来ない。民主主義じゃないんだから」というTarがいた)また、実家に戻り自身のクラシック音楽のルーツを再発見して泣く姿もある。つまり、彼女は音楽の原初的な悦びを再び思い出してモンハンの演奏会を指揮する。また、そこには彼女の転落→再生を描くのと同時に、ハイカルチャーの没落も意図しているのでは無いかと思う。ゲーム音楽もクラシック音楽と平等に評価される、この時代における音楽という芸術の捉え方を提示しているのだと思う。
とにかく凄い映画だった。こんなに考え込む映画には中々出会えない。
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