やったカニ

TAR/ターのやったカニのネタバレレビュー・内容・結末

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

再鑑賞。もう一回映画館で観れる機会があってうれしかった。

『TAR/ター』公式サイトにCineVueのレビューが引用されてるんだけど、「この映画は、あなたを引き付け、2回観たくなるだろう。」て書いてあって笑う。はい、2回観ました。
確かにこの映画を初見で観た感想は「もう一回観てぇな」だったんだけど、それは「あの感動や興奮をもう一回味わいたい!」ってのとは違くて、「もう一回観ないとわかんないな」の方なんだよね。
それほどまでに映像はハイコンテクストで、セリフは高度(専門的かつ抽象的)な映画だ。
過去の音楽家の固有名詞がセリフ中にバンバン登場するから、劇中の登場人物の名前を把握するだけでも一苦労。オーケストラについての基礎的な知識も要求される。マジで冒頭から観客を置き去りにしてくる。
前提として、つまらない映画なら意味が分からなくても二回目は観ようと思わないから、この映画は魅力的ではあるんだけど、ここまで観客に寄り添わない映画は個人的にどうかなって思うところがある。ただ、余裕を持って再鑑賞すると、この脚本の驚くべき緻密さに気づく。

トッド・フィールドはターに内在する矛盾や、孤高の女性指揮者としての矜持によって、ターが没落していく様子を一貫して描く。
例えば、ターがクリスタのキャリアを妨害したり、フランチェスカをベルリンフィルの副指揮者に指名しなかったことは、ターが若手女性指揮者に教育と機会を与える名目で「アコーディオン財団」を設立したことと行動が矛盾する。また、ターの私情でオルガをチェロのソロパートの選出するのも、前半の講義で、女性差別的という理由からバッハを敬遠する男子生徒をターが批判したことと矛盾している。
こうしてみると、ターの今までのキャリアは、ターの人間性とはかけ離れた場所で”作り上げられた”ものであり、それが崩壊したことで実家に帰り初心を取り戻すシーンにつながる。そしてリスタートするためフィリピンに渡るのも、良いラストだと思う。

このように、前半の長回しが後半で切り取られ、ターがキャンセルされる演出や、ターの言動が行動で矛盾する演出など、ハイコンテクストではあるが紐解くと緻密な脚本が凄い。ここで挙げたのはまだ一部で他にもたくさんありそう。(ターの過剰な音への反応とか)
そしてやはり、ケイト・ブランシェットの没落の演技が、この映画を名作たらしめている。
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