パイルD3

TAR/ターのパイルD3のレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.0
・年末なので、今年観てきた作品群もマーキングしておくことにしました。

先ずは、公開前の試写会で観て、意外と内容の振れ幅の大きさに、いろいろ考えさせられた作品『TAR/ター』。

スタイリッシュなポスターを初めて見た時、かつてないほど大胆なデザイン過ぎて気になった。
何の映画?という感じだった。
このケイト・ブランシェットの顔を出さないポスターからして、作り手の意図しているであろう迷宮感覚が始まっている。
主演俳優の顔を見せないポスター、
監督の作品への自信もハンパなさそうだ。

主人公ターは、ベルリン・フィルの首席指揮者として、大音響のオーケストラの複雑な音楽の中には心身を捧げるが、ドアベルやノック、スマホの着信、冷蔵庫の作動音といった単調な生活音は、過剰なまでに神経質に嫌悪する人物だ。
時には、冷淡な権威主義者でもある。
早い話、イヤなヤツなのだ。
あることから彼女には重大な事件関与の疑惑が突き付けられて、足元がぐらつき始める。

ところが、ドラマは急転直下にはならず、ジワジワとメンタル崩壊のプロセスを見せる。
この監督はかなりいやらしい作劇を好む人のようだ。作品の好き嫌いはここで分かれると思う。

やがて、ターは深夜に響く機械的リズム、森に響く女性の絶叫、近づく野獣の唸り声といった異音も耳にし始める。
このまとわりつく非日常の幻聴の如きノイズは、彼女の周囲とのズレ、日常と精神崩壊のプロセスを、観る者に尋常ならぬ緊張感と共に同時体験させる。
中でも印象的なのは、幾度か登場する高速を走る彼女の車を後ろから追うカット。急に無音になるこのカットは、煩わしい雑音から後ろ姿で逃げながら、雑念をも遮断する心理を表すかのようで、1つのエッセンスになっている。

そしてヘイトオーラが漂う、賛否が集中した設定の終幕。
場末への転落を思わせるよどんだ流れの中ではあるが、ターが序盤の生徒とのやりとりの中で、「民族の属性で音楽を選んではいけない」といった感じのセリフを吐くシーンがあったように、ここは彼女の生き方とリターンへの一縷の望みと見たい。 
イヤなヤツのターも、ひとりの人間であることに、少しだけホッとさせられる。
少しだけです。
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