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TAR/ターのmiholyのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.0
ベルリンフィルの常任指揮者に女性が就任する…というのは、現時点ではほとんど考えられない事だ。どのオケでも女性演奏者は数多く在籍しているが、こと指揮者に関しては圧倒的に男優勢。米国大統領に女性が就任するより困難なのではないか?と、個人的に思う。

そんなわけで、このケイト・ブランシェット演じる「リディア・ター」という架空の人物は、奇跡のような人物なのだ。
音楽に対する強い愛情、幅広い知識とたゆまぬ努力、オケの楽団員を率いる統率力、カリスマ性。そういったものを兼ね備えていなければ、このポジションは得られない。
冒頭のインタビューシーン、大学の講義でバッハを語るシーン、それを見れば、ターがいかに音楽に対して真摯に向き合ってきたのかがわかる。
まさに「楽壇の帝王」と呼ばれるに等しい時代の寵児だ。実際、色んな点でカラヤンを想起させるよね。

が、そういう人物は得てして敵を作りやすい。
音楽に対する才能と実力がどんなに優れていても、人間性もそうであるとは全く限らない。
圧倒的権力から生じる不動の自信。それが驕りと化し、周囲との軋轢を生む。そしてふとした弾みに歯車が欠け、人が離れていき、スキャンダルまみれとなり、あっという間に落ちる所まで落ちていく。
「これまで努力して積み上げてきたものを何もかも全て失う」というのはよくあるシチュエーションだが、ターはまさに社会的生命を完全に断たれてしまう。「終わった…」というヤツだ。

だが奇跡の人物であるターは終わらなかった。
冒頭で語られていたように、彼女はあらゆる音楽に対し偏見や先入観を持たず真摯に接している。
それがゲーム音楽であっても、ターは全力を尽くして目の前のオケから最高の演奏を引き出そうとするに違いない。
ラストシーンは惨めな没落ではなく、しぶとくもふてぶてしい再起だ。

(売春宿?のシーン。女の子たちの配置はオーケストラの配置を模していて、まるで指揮棒を振るようにして指した先はチェロのポジションだ。
店を出て道端で吐いたターは、あれで完全に彼女の中の傲慢さと決別したのだろう。)
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