ユーライ

ケイコ 目を澄ませてのユーライのレビュー・感想・評価

ケイコ 目を澄ませて(2022年製作の映画)
4.6
「聴覚障害者のボクシング」という難しい設定を成立させるため、必然的に映画の純度が高くなっている感がある。漫画でも小説でもない、映画でしか表現出来ない複雑なニュアンスが静かな画面で渦巻いている。それを正しく体現するのは口数の少ない岸井ゆきのの表情と佇まいだ。深夜の高架下で物言わず立ち尽くす姿なんて、ハードボイルドで惚れてしまう。ボクシングを扱った邦画は多いが、基本どれも下町人情の浪花節を基調としている。つまりどう足掻いても『あしたのジョー』からは逃れられぬ。しみったれハードボイルド。そんな中で会長がインタビューを受けながら「才能は……無いかなぁ」→踏切が上がるのを待つ傷を負った岸井ゆきのの横顔の繋ぎにちょっとギョッとさせられる。カットを繋ぐことで言語化しにくい微妙な意味合いが生じている。説明的にならない一貫した語り口も心地よく、朝起きてスマホを確認するシーン、そこら辺の監督が撮ったらスマホの画面を映して何時か表示して説明したがるものだが、窓の外が薄ら明るくなっていることで十分としてみせる。ジムに向かう時に降りる階段、会長が画面の奥に去っていく(凄い不穏で怖い)ことから、あまり明るくないであろう未来を示唆してもいるのだが、それでも上手に向かって走っていく後ろ姿以上のことは言わない。それで十分だから。体験として、字幕上映のことを知らずに観に行ったのだが、偶然近くに座った老夫婦と思しき二人組が手話を使って会話をされていたのが印象に残った。ちゃんと届くべき観客に届いている。
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