わかうみたろう

小さき麦の花のわかうみたろうのネタバレレビュー・内容・結末

小さき麦の花(2022年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

 ヒロインが死ぬまでの過程で丁寧に夫婦の関係を描いていたことで、川から上げられる死体となったヒロインを淡々と映すだけでクライマックスに持っていっている。瓶に入ったお湯、もらったコートや手につけられた花の模様など小道具を使って農夫の日常生活の中の関係をドラマのように仕立て上げていた。そして、物語とてしてだけでなく映像としても小道具があらゆる場面で活かされている。お湯の瓶を持って夫を待つ最初の夜のシーンでは瓶に懐中電灯の光が反射したり、土色と空の水色で構成された絵の中でも一番際立つのはヒロインの濃い水色の洋服であったり、質素だけどファンタジーのような撮影方法を支える役割があったと思う。
 農夫の淡々とした日常生活と迫害を受ける題材自体がドキュメンタリーでもできそうなだけでなく、カットの少ない、人物の動きを客観的に捉える観察映画のような様相もありつつ、男女の恋愛としてファンタジー的にも撮っている点に感嘆する。男女の悲劇と農夫の悲劇が物語上混ざりあっていることでリアルとファンタジーの境界が曖昧になっていたことに新規性を感じた。
 全てが幻であったように家が壊され、また家が壊されることも現実の中では当たり前のように突拍子もなくおこなわれる。街のマンションは灰色基調で高価そうだけど味気のない空間であり、街へ引っ越した夫が妻のいない状況でそこに住むことがどんなに張り合いのないものになるかを想像すると心が苦しくなる。波乱万丈な生活と、死という決められた偶然さえも入る余地のないマンションでの生活とどちらが良いかは言うまでもない。たとえ死が訪れてしまったとしても、雨の中作りかけのレンガを笑いながら守る関係を作るほうが得難く大切であろう。しかし死んだヒロインが天国でテレビを見ているのは幸せなのかどうなのかは私にはわからない。幸せであってほしいが、ヒロインはテレビを見ながら何を思うのだろうか。農村での夫との生活を忘れてしまうのならばやるせない。同時に、街へ引っ越した夫に対しても同じことを思う。忘れないでほしいと思うからこそ、忘れないだろうと思っていても、忘れてしまわないか勝手に心配してしまう。
 また、雛鳥の鳴き声の後のカットで飛んでいる鳥の鳴き声が入るなど、生命の流れを感じさせる演出が愛おしかった。