ナガエ

コール・ジェーン ー女性たちの秘密の電話ーのナガエのレビュー・感想・評価

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いやー、凄い物語だった。そして、こういう物語に触れる度、僕自身も男ではあるが、「男が作った社会」のクソさに嫌気が差す。ホントに、「男」という種族は碌でもない。


以前、『あのこと』という映画を観たことがある。中絶が違法行為だったフランスを舞台に、「勉学に打ち込みたいと思っている若い女性」が望まぬ妊娠をしてしまい、その中絶のために奔走するという物語だ。

本作『コール・ジェーン』もまた、中絶が禁止されていた時代のアメリカ・シカゴを舞台にした物語だ。「ジェーン」という、実在した団体の活動と「中絶の合法化」を勝ち取った経緯を基に、フィクション的な要素を散りばめながら仕上げた作品、だと思う。

「だと思う」と書いたのは、本作にはよくある「事実を基にした物語」のような表記がなかったからだ。恐らく、「違法な中絶を行っていた『ジェーン』という団体の存在とその活動」、そして「彼女たちの奮闘により『中絶の合法化』を勝ち取った」という点以外は、かなりフィクションなのではないかと思う。少なくとも、僕はそういう感覚で観ていた。

しかし、そうだとしても本作の価値は変わらないだろう。「凄まじいことをやってのけた団体がかつて存在した」という事実を伝えるだけで、十分に価値がある。印象的だったのは、物語の最後。中絶が合法化されたため、不要になった「ジェーン」を閉鎖すると宣言した主催者の女性が、主人公のジョイに「次は何をする?」と聞くのだ。そしてそれに続けて、「この後ならどれも簡単。これより難しいことなんて無い」と語るのである。

まあ、そうだろうなと思う。日本人だとなかなかピンとこないが、キリスト教の国だと特に「中絶」は忌避されているはずだ。キリスト教がベースにある場合、それをひっくり返すのはかなり困難だろう。

そういえば僕はかつて、『シモーヌ』という映画を観たことがある。これは、フランスで「中絶の合法化」を実現させた女性政治家シモーヌの物語である。彼女1人で成し遂げた成果ではないとはいえ、彼女の存在なくして「中絶の合法化」は不可能だっただろう。

本作『コール・ジェーン』では、主催者の女性が「まさか人前で、7人の男性に感謝を述べる日が来るとはね」と口にする場面がある。「2人はクソ」と言っていたので、9人の裁判官の内7人が賛成したということだろう。彼女たちが「中絶の合法化」を勝ち取ったのは1978年のこと。恐らく当時の裁判官は、全員男性だっただろう。

だからなんだ、ということはないのだが、まあ、こういう男性がいたからこそ少しずつ時代が前に進んでいったとも言える。まあそれにしたって、男の害悪の方があまりにも大きいとは思うが。

映画『あのこと』を観ていた時も結局分からなかったのだが、本作でも「違法な中絶を行ったら、どれぐらいの罪になるのか」がよく分からなかった。恐らく今を生きるアメリカ人だって、そういう知識は持っていないんじゃないかと思う。だから、その辺りの説明はあってもいいんじゃないかと思った。まあ本作中では、「刑事事件専門の弁護士である夫」の反応によって、その辺りのことが少し伝わってくるのではあるが。

さて、本作が2024年に作られたことには、明白な意味がある。というのも、1973年に「中絶の合法化」を認めた「ロー対ウェイド判決」は、2022年に覆ってしまったからだ。これを受けて今アメリカでは、中絶の禁止に動く州が増えている。まさに時代が逆行し始めているのである。

これを対岸の火事だと思っているわけにはいかないだろう。というのも日本でもつい先日、「共同親権」に関する改正案が可決されたからだ。正直詳しく調べているわけではないのでその詳細は知らないのだが、ネット上で「離婚禁止法」と呼ばれていたことは知っている。恐らく、「『共同親権』を盛り込むことで『離婚のハードル』が凄まじく上がり、結果として『離婚禁止』のような状態になりかねない」という状況なのだと思う。

「共同親権」が議論され始めた頃は、とても良い流れだと思っていたし、早くしたらいいのにと思っていたのだが、どうも状況は皆の望むような方向には進まなかったようだ。何がどうなってそうなったのかよく分からないが、どうせこれも「男による害悪」なのだろう。

ホント、「時代を逆行させる」(あるいは「時代を進ませない」)クソみたいな男は、全員死ねばいいのにと思う。恐らくこれで、ますます「結婚する男女(婚姻届を出す男女)」は減るだろうし、なおさら少子化が加速するだろう。マジで脳みそ腐ってるんだろうか。

本作で描かれるような女性たちの奮闘によって、時代は少しずつ前進してきた。もちろん、社会にはまだまだ不備はあるが、微々たる前進は続けてきているはずだ。しかし、中絶の禁止や、実質的な離婚禁止のような状況は、社会を淀ませるだけである。そして、このような流れは早いところ食い止めないと、社会は凄まじいスピードで「未来を生きる者」にとって最悪なものになっていくはずだ。

だから、このような物語に触れることで、危機意識を高めていく必要があるだろうと思う。本当に男というのは頭が悪いし、権力を持った男はなおさらイカれている。もちろん、ちゃんとした人もいるだろうが、どうしたって「悪貨は良貨を駆逐する」みたいな状況になりがちだ。政治の世界なんて、そのあまりの醜悪さばかりが喧伝されるから、「まともな人間」は寄り付きたいと思わないだろう。そして、そうなればなるほど、政治はどんどん悪くなっていくことになる。

「我々は、こんなクソみたいな時代に逆戻りする可能性がある」という自覚を持って、過去の事実にふれるべきだと思う。

内容に入ろうと思います。

ごく普通の専業主婦だったジョイは、弁護士の夫と15歳の娘の3人で幸せに暮らしていた。しかし、2人目の妊娠以降、彼女はどうも体調が芳しくなく、それで病院を訪れることにした。

下されたのは「うっ血性心不全」。妊娠初期にここまで心筋症が悪化しているのは珍しいとのことだ。そして医師からは、「妊娠を止めること」という治療方針が告げられる。妊娠状態でいるからこそうっ血性心不全が悪化しているのであり、妊娠を止める以外に治療の方法はないというのだ。

しかしそこには問題があった。中絶は違法なのである。病院の理事会でも、ジョイ夫妻参加のもとで議論がなされたが、理事会のメンバー(当然全員男性)は、「過去10年間で中絶が行われたのは1件だけ」と全員反対。同席した医師が、「この状態で生き残れる確率は50%」と発言するが、そのような情報は考慮されなかった。とにかく、「中絶は認められない」という結論である。

自宅に戻ったジョイは、弁護士という”高尚な”仕事をしている夫に「何かツテはないの?」と聞く。しかし夫は、刑事事件を専門としていることもあり、「抜け穴を探しはしないし、法も破らない」と頑なだ。医師からは、「『自殺の恐れがある』と2名の精神科医が認める」ことで中絶が認められる可能性が示唆されるが、その方法も上手くいかなかった。

そんな八方塞がりのジョイは、ある日バス停で、「妊娠? 助けが必要?」というチラシが貼られているのを見つけた。電話してみると、「ジェーン」という女性がやっている、中絶を斡旋してくれる団体のようだ。彼女は夫に内緒で中絶をしてもらい、夫には「自然に流産した」と説明した。これですべてが終わった……。

とはならなかった。ある日彼女は、「ジェーン」の主催者であるバージニア(団体の中に「ジェーン」という女性はいなかった)から、「運転手が食中毒になったから、代わりをお願い」と頼まれる。このことをきっかけに、彼女は「ジェーン」の活動に関わるようになっていくのだが……。

ジョイと夫の関係性や、ジョイと娘の関係性、あるいはジョイが様々な場面で抱き続ける葛藤など、物語的にも色々考えさせられるし興味深く展開していく。そういう中で僕がかなり気になったのは、「払えない人は助けられない」という難しさだ。

「ジェーン」という団体は元々、バージニアが信頼できる医者を友人に紹介したことから始まっている。それが人づてに伝わり、広く活動を行う団体になっていったのだ。そして、バージニアが紹介した医師とは、理念で繋がっているわけではなく、金で繋がっている。そして、ディーンという名の医師は、かなり高額なお金を要求するのだ。

女性たちが支払う金額は600ドル。バージニアは「賄賂を払っているから捕まらないのよ」と言っていたし、当然医薬品なども買わなければならないので、全額がディーンに渡るわけではないが、恐らくかなりの割合をディーンに渡していると思われる。そして、当時多くの女性が「専業主婦」だっただろう時代に、600ドル用意するというのはなかなか大変なことなのだと思う。

さらに難しいのは、未成年(中絶してほしいと助けを求める人の中には、14~15歳もいる)や黒人である。普通の女性以上に、お金を工面するのが困難だといえる。作中では、この「払える人だけ助けていていいのか」という問題が度々取り沙汰される。

「お金が無ければ運営できない」も、「お金が無い人ほどより助けが必要な状況にいる」も、どちらも正しい主張であり、考えるのがとても難しい問題だ。そして本作ではこの点に関して、ちょっと思いがけない形の”解決策”が提示される。この展開が事実だったのかは気になるところだが、あり得る範囲の話には感じられた。そして、そのような展開になるからこその「深い絶望」が描かれたりもするわけで、物語を面白くする要素にもなっているといえる。

「ジェーン」は、強制捜査前までに1万2000件もの「中絶手術」を行い、ただの1人の死者も出さなかったそうだ。作中で描かれる「ある事実」を知ると、このことは驚異的に感じられる。凄いものだ。

今の時代背景も含め、「観るべき作品」と言えるのではないかと思う。
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