ナガエ

No.10のナガエのレビュー・感想・評価

No.10(2021年製作の映画)
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いやーーーー、凄かった!まさかこんな話とは。物語の中盤ぐらいでいきなり「およよ!」みたいな展開になるのが凄まじい。しかも、そんな「およよ!」的な展開なのに、それまでの物語とトーンもさほど変わらないのも驚きだったなぁ。

普通、こんな物語成立しないと思うのだが、本作はどうにも成立しているように僕は見えた。不思議だ。無茶苦茶な物語なのに。

さて、感想を書くのに公式HPを開いたら、冒頭に「みんなネタバレしないでね!」というお願いの文章が書かれていた。まあ、僕は後半の展開には具体的には一切触れるつもりがないが、この映画の感想は、ガンガンネタバレしてくる人がいそうだから、ネタバレを避けたい方は感想の渉猟には注意した方がいいかもしれない。

さて、まずは物語をざっと紹介しておこう。
舞台俳優であるギュンターは、今まさに次回公演に向けての稽古中である。主演はギュンター、そしてギュンターの相手役を務めるのが、この舞台の演出家カールの妻であるイサベル。他にも、妻が病で寝たきりで禄にセリフを覚える時間がないと嘆くマリウスら数人が、この舞台に関わっている。

さて、ギュンターは実は、イサベルと不倫をしている。もちろん、イサベルの夫であり演出家でもあるカールには内緒だ。イサベルは「旅行に出ている友人の猫の世話を泊まりがけでする」と言って家を出て、そのままギュンターの家へと向かう。

しかし、イサベルとギュンターの認識に食い違いがあったのか、その日はギュンターの娘リジーが彼氏を連れて食事にやってくる予定だった。ギュンターとリジーの会話から、「ギュンターの妻は既に亡くなっていること」「検診に行ったら、リジーの肺が1つしかないことが判明した」などのことが分かる。

ギュンターは、娘とその恋人を早めに帰らせ、室内に隠れてもらっていたイサベルを逢瀬を重ねる。

しかしある日、状況が大きく変わる。そのきっかけを作ったのは、セリフを覚えられずに常にカールから叱責されているマリウスである……。

というような話だ。

さて、これだけだと「そこから何がどうなって驚くべき展開になるんだ?」と感じるだろう。その通りである。なのでここに1つだけある要素を加えておこう。

実は、「ギュンターとイサベルの不倫」や「リジーが父親であるギュンターを盗撮している」みたいな状況は、「何者」かによって監視されている。冒頭からずっと、「何者なのかはさっぱり分からないが、舞台役者たちはどうやら監視されているらしい」という状況も随時描かれていく。そして、「彼らが一体何者なのか?」という展開が後半で明らかにされ、それが「およよ!」という物語になっていくというわけだ。

本当にぶっ飛んでいる。

正直観ながら僕は、「この物語、どうやって着地させるんだろうか」と考えていた。というのも、「謎めいた存在」を結構後半まで引っ張っているので、「この設定で物語を牽引すると、観客のハードルが上がるから、よほどの展開じゃないと『なんだよ』って思われてしまう」と考えていたのだ。

さて、「観客のハードルを超えていたのか」については個々人の判断だろうが、僕は「超えていた」と感じた。というのも、前半との話の落差が凄まじいからだ。前半の物語から、まさかこんな展開が待っているとは、普通誰も想像しないだろう。

さてこの点については、本作の感想をチラ見してみると、「前半と後半であまりにも話が違うから、そもそも前半の話が必要だったのか謎」みたいなことを書いている人が結構いる。でも僕からすれば、「いるでしょ」と感じた。いや、確かに全然回収されない伏線もあるような気がするが(例えば、リジーが父親を盗撮してたのは、あれ一体なんだったんだ?)、ただ前半ではとにかく「ギュンターを追い込んで孤立させる」みたいなところに主たる目的があったはずだ。そして、ギュンターの普段の生活を踏まえれば、あのような展開に持っていくことが一番「孤立させる」のに無理がないと「彼ら」が判断したということだろう。全然不思議じゃないと思ったし、自然な展開と言っていいはずだ。

しかし、後半の展開に触れないとなるとなかなか書けることが少ないのだが、これぐらいは書いていいだろう。とにかく「ラストシーンが衝撃だし笑撃だ」ということだ。「えっ?そんな感じになるの?」と思ったし、それ以上に「えっ?ここで終わるの?」とも感じた。物語全体の展開もぶっ飛んでるのだが、「ラストシーンのぶっ飛び方」は、僕がここ数年観た映画の中でもずば抜けていると言えるかもしれない。

このラストシーン、日本人だから特に何も考えずに笑えると思うのだが、欧米だとどのような反応になるのか気になるところだ。少なくとも、日本人とは違う受け取り方になるはずだと思う。

しかし冒頭でも書いたが、前後半で物語がまったく違う方向に進んでいくにも拘らず、全体の「落ち着いたトーン」が一切揺るがないところが素晴らしいと感じた。なんというか、あらゆる場面が「淡々と」進んでいく感じである。「そこは淡々としてていいはずがないでしょう」というような状況でも、当たり前かのように淡々と進んでいく。その「落ち着いたトーン」も、作品全体の異様さを一層高めていると言っていいと思う。

良いか悪いかみたいな評価にはちょっと馴染まないし、正直「絶対に観てみて!」と広く勧められるタイプの映画でもないのだが、個人的には「凄いものを観た」という感覚になれたし、観て良かったなと思う。怖いもの見たさで(でも、ホラーとかそういうことではない)、是非観てほしいと思う。
ナガエ

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