ヨーク

胸騒ぎのヨークのレビュー・感想・評価

胸騒ぎ(2022年製作の映画)
3.8
予告編で「北欧発の最恐ホラー!」みたいなアオリをしてたので、どうせ大したことないんだろう…と天邪鬼モード全開で観に行ったのだが、いやはやこれが中々に面白かったですね。そういう感じでいい意味で予想を裏切られた『胸騒ぎ』でした。
いやー、これは今この時期に公開したっていうことに大変意義がある映画だなって思いましたよ。今は五月のど真ん中。大型連休も終わり俗に言う「五月病」が発症して学校や職場に行きたくないという新入生や新社会人はたくさんいることだろう。もちろん五月病というのは単なる俗説であって正式な病気ではないのだが、何でもこの時期は実際に新入社員が早速離職することが多いのだそうだ。思ってたような仕事じゃなかったとか研修がクソだるいとか様々な理由はあると思うが、そこには先輩や上司が気の合わない人でこの先上手くやっていける気が全くしない、ということもよくある理由の一つなのではないだろうか。特にしつこく飲み会に誘われてそれを断りにくい雰囲気だったり、残業に付き合わされる圧が強かったりみたいなことで新人としては立場的に断りにくいというような状況で渋々ながら従うしかない…という気弱な新入社員や新入生の方々は多いのではないかと思われる。この映画も正にそういう映画であった。
もちろん主人公は新入社員とかではないのだが、お話はバカンス先で意気投合した二組の家族のシーンから始まる。以下デンマーク家族とオランダ家族とするが、彼らは旅行先で一緒に楽しい時間を過ごすことができたので、帰宅後数日経ってからオランダ家族からデンマーク家族へ「今度の休みにウチへ遊びに来ないか?」というお手紙が届くのである。いい人だったし行ってみるか! とオランダ家族の元へと遊びに行くデンマーク家族。だがそれはとんでもない惨事の始まりであった…というお話である。
旅行先で主人公が酷い目に遭うというホラー映画は割りとたくさんあるが本作もまぁ分類としてはそういうところであろう。だが本作が面白いのは主人公たちが酷い目に遭う描写自体ではなく、またソニー・ビーンもかくやというオランダ家族のヤバさというものでもなく、どっちかというと『胸騒ぎ』という邦題にあるように、何か嫌な感じがするな~、という予兆のようなものの描写なのである。
例えば招かれるデンマーク家族の奥さんはベジタリアンでそのことは初めて会った時にも伝えていたにも拘らず、オランダ家族は彼らが自宅に来るなりその奥さんにイノシシの肉を食うように勧めたりしてくる。多分うっかり忘れてただけで悪気はないんだろうな…と思いつつもそこには何か嫌な違和感が残るわけだ。でもまぁ、肉がアレルギーってわけでもないし波風立てるくらいなら一口くらい食っておくか…と相手の顔を立てておくというその空気を読む行動。それが良くないのだと本作は言うわけですよ! そう! いわばそれは行きたくもない飲み会に誘われて(ほんとは家に帰ってゲームしたいんだけどな~)と思いながら渋々付き合っていくうちに、アイツは好きで飲み会に出席してるんだな、と思われるようになっていくことと同じなのだ! 前も来たんだから今回も来いよ、と言われて断りきれなくて行きたくもない飲み会に参加し続けるうちに心身を壊して心療内科に通うようになってどんどん病んでいってある日突然キレてしまって先輩や上司を刺してお縄になって人生終了、もしくはブラックな環境でいい様にこき使われて最後は過労死、というのは些か大げさだとしてももっと小さなスケールで似たようなことは起こっているであろう。
本作で描かれる何か嫌な感じがするな~、という雰囲気はそういうリアルなあるある感として描かれていてそこが面白い映画でしたね。だからこれはちょっとネタバレになるかもだがデンマーク家族は、いやマジでもう付き合ってられんわ! ってハッキリ言って帰ればよかったんだよね。でもそういう思い切った判断って中々できないよねっていう感じが実に分かるわー、って腑に落ちる感じで面白い映画なんだよ。そこそこ強い調子で(とデンマーク家族は思ってる)相手の嫌なとこを指摘したら口論にはならずに意外と素直に、ごめんなさいね…、というリアクションが返ってきたときに、ま…まぁいいけどさぁ…と相手の謝罪を受け入れちゃう感じとか一周回って笑っちゃうからね。ま、その後の展開は笑えないですが…。
という感じで身につまされる映画でしたよ。それはつまり先輩や上司に行きたくもない飲み会に誘われたりサービス残業を促されても毅然として断れよ! という映画ですね。デンマーク家族は反面教師としてそのことを身体を張って示してくれたということですよ。会社嫌だー! とか思ってる新社会人にはぜひ観ていただきたい映画です。本当に嫌な後味の残る胸糞映画ではあるのだが、そういう意味では社会貢献度の高い映画だとも言えるだろう。まぁその勢いで会社辞めても俺は何も責任を取らんがな!
ちなみに繰り返し書いてるように本作は人間関係の中にある嫌なあるある感がリアルで面白い映画ではあったのだが、ぶっちゃけお話として大きな動きは終盤まで特に何もなく『胸騒ぎ』というタイトルのように尺のほとんどは何とな~く嫌な感じがする、という雰囲気を描いているだけなので退屈といえば退屈な映画ではあると思う。もうちょい何かイベントあってもなぁとも思うのだが、やりすぎると別の映画になっちゃうのでそこは難しいバランスだと思いますね。
あとは問題の後半部分も逆の意味でのご都合主義というか、それはちょっと結論ありきで強引な展開だろという部分はあるのだが、まぁそこはある種の予定調和ではあるので雑ではあるもののまぁいいんじゃないかなって感じでした。個人的には面白かったです。
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