春とヒコーキ土岡哲朗

ザ・ホエールの春とヒコーキ土岡哲朗のネタバレレビュー・内容・結末

ザ・ホエール(2022年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

人生に好き勝手の瞬間がないと、自分の心は満たせない。


愛はエゴでしかないし、それでいい。

チャーリーは、超肥満体型だが自分の健康を改善しようとはしない。娘のエリーは自分を捨てたチャーリーへの愛憎が混ざって、とげとげしい。宣教師のトーマスはチャーリーを救いたいという自己満足で訪問を続ける。皆が自分勝手。そして、自分勝手に愛を注ぐ。

チャーリーが元妻に、エリーはこれからも幸せだと言ってくれ、とすがる。そしてその理由は次の言葉、「自分の人生で一つ正しいことをしたと信じたいんだ」というもの。娘のためを思うのが、自分の罪悪感をなくしたい、自分の人生を称えたい、という自分のための動機。エリーへの愛は真心だが、同時に自分のエゴでもある。
愛は愛する側のエゴなんだなと思った。それに失望したわけじゃなく、エゴでいいと思った。
エリーがトーマスの家族に彼の大麻吸引写真を送ったのを、チャーリーが「傷つけるつもりじゃなく、救うためにやった」と捉えて勝手に希望を持つのもエゴ。
親から子への愛は無償の愛と言われる。それは間違いではなく、確かに見返りを求めない愛かも知れない。でも、無償の愛を注ぐことも、愛したい親のエゴ。エゴだからこそ、素晴らしい。人間は義務でもないのに、わざわざ自分のエゴで人を愛する。


みんな嘘をついて、素直に生きられない。

この映画では、登場人物の嘘が多い。まず、チャーリーは太った体を隠してオンライン授業をしている。トーマスは、宣教師を名乗っているが実は違った。エリーはトーマスに黙って彼の告白を録音し、それを教会や家族に送り付ける。リズはチャーリーに死期が近いのを黙っている。そして、エリーやチャーリーの教え子たちは、本当の想いではなく単位をもらうためのレポートを書いている。みんな、本当をさらしても他人と円滑にやれるわけじゃないからと、嘘をつく。でも、本当をさらさないのも結局人間関係を円滑にやれないし、自分もむなしくてやっている意味がなくなってくる。

ピザの配達員がいつもドア越しにチャーリーと会話する関係だが、そこで小さな友情が芽生えたような雰囲気がある。チャーリーがピザを取りに玄関を開けると、チャーリーの姿を一目見ようと配達員が潜んでいて、チャーリーの姿を見て気持ち悪がって逃げていく。配達員の、姿が見えないうちだけ友情が芽生えたように振舞っていた嘘。それが姿を見たら本音をさらして一瞬で崩れる。ここでチャーリーは、嘘に傷つき、怒り、やけ食いをした挙句、学生たちに汚い言葉で「嘘でなく本当のことを書け」とメールを一斉送信する。チャーリーはクビになるが、生徒たちの一部は彼の言葉に刺激され、本当の悩みを打ち明ける。それで、本当のことを言ったら自分の心がスッキリする瞬間があると感じただろう。やけくそでの発言・行動なのにそれはそれで正しい、というのが面白い。心がすさんだときにたどり着くのが正しい発想な可能性もある。

また、チャーリーはお金を持っていたが、エリーに残すために看護師のリズには貯金がないと嘘をついていた。治療費が払えずに寿命を縮めながら、娘のためにエゴと愛のある嘘をついていた。コミュニケーションするときや自分を社会に置くときは、嘘が基本の中で、本当を出す瞬間も要る、という話。