このレビューはネタバレを含みます
さまざまなコミュニケーションについての映画と言って良いのだと思うけど、色々考えさせられたな。
発声、筆談、手話、日本語、韓国語etc
手段という点でいえば、たくさんの方法が劇中で提示される中、最後に彼らが選択したのは「目を合わせる」ことによる意思疎通だったということなんだろうし。
自分→他者 他者→自分 自分→自分 他者→他者etc
方向という点で言えば、伝わらないと分かっていてあえて伝える二郎→パクのシーンが印象的。自分の中に止めるにはしんどすぎる負の感情を吐露できるのは、パクには伝わらないと分かっているからで、他者への情報伝達だけがコミュニケーションではないのだということ。
反射する鏡やCDは、無数に弾けて散らばるコミュニケーションのイメージなのかなと思ったり。
「私のせいだと怒ってほしかった」「泣きたかった」「“中古品”発言は許さない」
内容という点で言えば、心が痛んでいることを認識し、声を上げ表現すること。目を背けることで乗り越えるだけが正解じゃない。傷を直視し共存して生きていくことだってあり得るはずだ。
「ちゃんと傷つけない男性性」シリーズという意味ではドライブマイカーの系譜にある感じもする。