真一

教育と愛国の真一のレビュー・感想・評価

教育と愛国(2022年製作の映画)
4.7
 歴史教科書への政治介入をスケッチすることで、日本の右傾化がとんでもなく加速している実態を浮き彫りにしたドキュメンタリー作品。右派政治家や右翼団体の干渉や脅迫に屈せず、堂々と上映にこぎ着けた斉加尚代監督の良心と勇気に、脱帽です。

 本作品には、テレビカメラの前で「歴史など学ぶ必要がない」と力説する歴史学者が登場して、びっくりさせられる。この学者は、日本を代表する戦前日本史研究の第一人者だというから、なおびっくりだ。しかも、歴史教育を否定しつつ歴史教科書を執筆していたと知って、さらにびっくりした。

 この人物は、伊藤隆・東大名誉教授。そして手がけた教科書は、ネトウヨ界隈から大声援を受ける「中学社会 新しい日本の歴史」(育鵬社)。歴史教育の意義を全否定する人物によって記された教科書をもとに、子どもたちが近現代史を学ぶ―。こんな時代を日本社会が迎えてしまった現実を、このドキュメンタリー作品は赤裸々に伝えている。この国は一体どこへ向かうのだろうか。

 本作品は、歴史教育への政治介入の必要性を公言する安倍晋三と、それを大阪で実戦した日本維新の会が連携する様子も取り上げている。「表現の不自由展」に干渉した維新の吉村洋文。慰安婦問題はなかったと断じた松井一郎。新事実の暴露はないが、社会全体の右傾化という、新聞・テレビがなかなか取り上げようとしない歴史的な変化を、丹念に描写している。

 インタビューも充実している。教科書の政治介入に翻弄された出版社の編集者、戦争加害を教室で取り上げたところ維新の吉村にツイッターで攻撃された府立学校の先生などが次々と登場。沖縄・渡嘉敷島で起きた集団自決の悲劇を知る地元の教育者が、教科書の書きぶりに涙を浮かべて憤るシーンは、胸に響いた。

 それにしても現代日本を生きる私たちは、過去の戦争の悲惨さ、醜さ、恐ろしさを伝えようとする体験者の声なき声に、どれだけ耳を傾けようとしてきたのだろうか。自戒を込めてこう思う。結果として、私たちは「2度と戦争は起こさない」「偏狭なナショナリズムに走らない」という思いを、この国の社会的規範にまで高めることができず、堰を切ったような右傾化を許してしまったのではないか。こうした時代の変化を、この作品は鮮やかにとらえている。多くの方に進めたい力作です。
真一

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