真一

ヒッチャー ニューマスター版の真一のレビュー・感想・評価

3.5
 ダリやキリコの不思議な絵画が思い浮かびました。遠近が不自然な神殿。溶けた飴のように歪んだ時計。本作品は、ヒッチハイク犯罪を題材にしたホラータッチのアクション映画ですが、主人公の青年も、ヒッチハイカーの凶悪犯人も、無能な警察官たちも、砂漠に佇むガソリンスタンドも、まるでキリコやダリの絵画世界の住人のようにリアリティーがありません。まるで異空間のよう。実に幻想的で神秘的な映画です。

 見どころは何といっても、死神のように恐ろしい犯人の動向でしょう。謎に包まれた、この世のものとも思えない人物を演じるのは、あの「ブレードランナー」でラスボスのレプリカントを演じたルドガー・バウアー。あの三白眼と不適な笑みがよみがえります。そして絶望の淵を逃げ惑う青年(C・トーマス・ハウエル)の恐怖に満ちた表情が、ブレードランナーのハリソン・フォードを思い起こさせます。

※以下、ネタバレ含みます。

 ただ本作品はブレードランナーのように、分かりやすいオチを用意していません。犯人の素性は明かされないまま、幕が下りるのです。その分、ルドガー・バウアー演じる犯人の不気味さは、あのレプリカントを上回る気がします。

 さらに、不可解な場面が続きます。個性の欠片もない警察官。店主。バスの乗客。ハンバーガーに添えられていた犯人の指。青年の瞼の上に乗せられた二枚のコイン(冥銭)。これらの点をどう線に結びつけたらいいのか、観た人は悩まされると思います。

 取り方によっては、この作品は、生死をさ迷う青年の臨死体験や深層意識を描いていると言えそうです。全てが、あまりに変だからです。そうすると、怖い犯人は、ファイトクラブのブラピのような存在、すなわち青年の心が生み出したもう一人の自分だとの説明が可能になります。

 思い返してみると、あの犯人は、実は一度も青年を本気で殺そうとしていません。むしろ加害を与える素振りをしながら、青年を生存へと導いていたようにも受け取れます。それが何を意味するのか、現時点では読み解けていません。

 荒唐無稽なナンセンス映画なのか。それともシュルレアリスムの手法を取り入れたハイレベルなメッセージ作品なのか。アドレナリン映画好きの方にも、考察好きの方にも、お勧めの一本です。
真一

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