Eyesworth

セールス・ガールの考現学/セールス・ガールのEyesworthのレビュー・感想・評価

5.0
【バナナの皮のセレンディピティ】

モンゴル・アカデミー賞常連のセンゲドルジ・ジャンチブドルジ監督のモンゴル映画。

〈あらすじ〉
ウランバートルに住む女子大生のサロールは、両親に言われるがまま原子力工学の勉強をしている。ある時、友人がバナナの皮で転んで怪我をしたため、代わりに彼女が働くアダルトグッズショップでアルバイトを始めることに。店を訪れる様々な客たちと接する日々の中で、人生経験豊富な女性シオーナーのカティアに導かれ、ありのままに自分らしく生きることを学んでいく...。

〈所感〉
モンゴル映画×アダルトグッズショップの話という斬新な掛け合わせに直感的にレーダーが反応し面白そうだと思って見てみたが、やはり良い映画だった。文句なしの満点。こういう思いがけない秀作との出会いが一番嬉しい。モンゴル映画は初めてだった。ちょっと映画を見たくらいでその国のすべてを知った気になるのは良くないが、少なくとも私はこの作品のお陰でモンゴルという国に興味を持ったし、実際に行ってみたい国第1位となった。モンゴルって草原しかないイメージだけど、ウランバートルってこんな都会なんだ!案外先進的な生活してるんだ!やっぱりロシアと距離が近いんだ!と自分の狭いステレオタイプのモンゴル観を解きほぐしてくれた。
主人公のサロールは意志薄弱で今まで親に流されるままに生きてきたタイプの女の子で、今回の件も友人に言われるがままに縁もゆかりも無いアダルトグッズショップで働き始めただけだったが、そこでのカティアとの出会いがセレンディピティ(思いもよらなかった偶然により幸運)を齎し、人生が少しずつ色付き始めていく。筋書き的には目新しい訳ではないが、モンゴルの雄大な草原で2人が寝転がってキノコを投げ合ったり、モンゴルの人気シンガーソングライターのMagnolian本人が歌い始めたり、モンゴルならではの要素を取り入れ、他の国の映画には撮れない独自のビルディングストゥーロマンへと仕立て上げられている。最初は純朴で芋っぽかったサロールが、懐が広く女性として魅力的なカティアや色々な大人たちとの接触を経て、大人の女性へと成熟し、羽化する過程が目覚ましく美しい。未成熟故の美しさもあるが、考えが洗練されていくことで見た目にも変化が現れる。そんな女子が女性になる瞬間ってイイよね。稲妻のような一瞬の変貌。
彼女はホテルで色々なアダルトグッズを試そうとするが、全然上手くいかないのも健気で微笑ましい。タイトルにある〈考現学〉とは、「社会のあらゆる分野にわたり、生活の変容をありのままに記録し研究すること」だが、サロールにとってアダルトグッズショップという未知の場所で働くことは、人間の広くて狭い"アダルト"な領域に踏み入る考現学を学べる実りある実習室であった。とりわけ、カティアという経験豊富で博識な導き手が彼女の成長に不可欠な存在だった。
サロールの実習が成功したか失敗したか物語の中だけでは語れないが、未来はきっと明るい。垢抜けた彼女の後ろ姿、朗らかな足取りからそんな希望を感じ取った。
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