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非常宣言のt0moriのレビュー・感想・評価

非常宣言(2020年製作の映画)
3.7
良いところもたくさんあるのだけど、脚本的、設定的な粗が多すぎだし、「多少の粗はエモい情感ドラマに仕立てれば切り抜けられる」という、韓国映画の悪い所がモロに出た展開に見え、途中からすっかり冷めた。

序盤の空港での、ゆっくり事が始まっていく感じは、パニック映画の定石で良かった。けれど、犯人の言動が不審すぎて、これが放置される事に最初から違和感。

おまけに不審物の隠し方に呆れる。アトロクで宇多丸さんが、「家でやって来い」と言ってたけど、いや、そもそもそこに隠す意味あるか?
逆に、家でやれない理由はいくつか挙げられる。1人での犯行ゆえに、あそこに隠すと決めているのなら自分で縫合することは難しいし、縫合してしまっては取り出すことが難しくなる。劇中の描写のようにガーゼなどを当てて誤魔化すなら、隠している時間は短い方が良い。一応の理屈は立つが、そもそも隠す場所の問題と、隠す意味が疑われる段取りになってることの方が問題。
ゲートを通過した後、喘息の吸引機が不審物扱いされるわけだが、アレが誤魔化せるのなら、ウィルスの瓶も同じ瓶を使用して他の瓶と複数持ち込み、ラベルも同じにして喘息の薬、と言い張れば済むことだ。ドラマ上、体内に隠したいのなら吸引機ごと隠さないと説得力がなかったんじゃないかと思う。

飛行機がコントロールを失うあたりの描写はとても良かった。観客が突然気付くのでなく、それまでの機内の緩んだ空気からの移り変わりを意識したのは、感心した。

けれどそれも台無しにするのがクライマックス前の成田の描写。殆どの日本の観客がそうだろうけど、アレはない。
その前からちょっと待て、あれ? もしかしてこの映画のスタッフは世界地図が飲み込めてないのか? と言う様な出鱈目(目的地のハワイではなくなぜカリフォルニア?)があった挙句のアレは本当にがっかり。しかも航行時間が短かすぎだし。ハワイだって片道8時間近くかかるでしょうよ。

前述の宇多丸さんは、「コロナ禍を経験しているからこそ、国内に入れないことはあり得る」と言っていたけど、これも逆だと思う。コロナ禍で腐心しながらの空港での検閲や水際対策(概ね雑だった印象しかないけど)を知っているからこそ、あんな乱暴なやり方で阻止するのは、いくらフィクションだと言ってもリアリティなさすぎで、違和感しかなかった。むしろカリフォルニア空港管制の無線までが、ある意味リアルな対応と言える。
日本の対応も韓国当局の対応もそうだけど、そもそも地上に下さない選択がないのがまったく解せない。着陸させてから機内を封鎖するのが、この局面だと考えうる対応だと思う。ダイアモンド・プリンセス号のように。

これをフィクションの嘘と笑って映画の嘘に付き合えるか否かが、この作品の評価の分かれる所だと思うが、筆者の場合は否だった。

例えば、ウィルスに加えて危険な可燃性の化学物質を積載した上で爆弾が仕掛けられているとか、もう一つ要素があればまだありだとは思うけど、いずれにせよ設定盛りすぎでそれはそれでうんざりしたかも、とツメの甘さを感じる。

そういう意味だと、イ・ビョンホン演ずる元パイロットという設定も、欲張って盛り過ぎたんじゃないだろうか? 他作品(『タービュランス』など)と被るけど、素人が操縦桿を握らざるを得ない状況なら、市街地への墜落を想定して、着陸させない選択もありうるように思った。

この物語上、肝心要の着陸拒否に説得力がないのため、この後の乗客の決断も、自らを悲劇のヒーローに準えた思い付きにしか見えないし、その挙句の抗ウィルス剤の有効性の判明や、着陸許可などのドラマも全部台無しになっていて、非常に残念だった。

ただ、ラストでソン・ガンホ演ずる刑事が早まって、ウィルスを過剰摂取していたことが分かるのは、その前の無茶な行動や、先に感染している筈の観客よりも早い症状の悪化ぶり、そしてわずかな回復で効果ありと断言できたことの説得力を回収していて、良かった。作品全体を覆う、共助というテーマも生きていたし。

全体に残念だったけど、秀逸の描写もたくさんあったので、本作のハン・ジェリム監督の次回作には期待したい。

【追記】
書き忘れたけど、犯人の動機の描写も中途半端。はっきりとした方向性を示さないのなら、母親云々の設定やマスコミの勝手な憶測など要らなかったのでは?
『パニック・イン・スタジアム』の様に、結局誰にも動機が分からなかった、とした方が共助する市民の陰で、市井にまだまだこういった悪意のある人間はいるかも、と想定出来てより深みが出せたんじゃないだろうか。

あと、これは筆者の見逃しかもしれないが、あの犯人のアパートにあった死体の身元って、描写されていたっけ?
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