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ザリガニの鳴くところの櫻子の勝手にシネマのレビュー・感想・評価

ザリガニの鳴くところ(2022年製作の映画)
4.5
動物学者ディーリア・オーエンズのミステリー小説『ザリガニの鳴くところ』が、とても面白かったので映画も観てみることに。

主人公カイアを演じたデイジー・エドガー=ジョーンズが、原作小説のカイアのイメージそのもので良かった。
内容はほぼ原作と同じだがラストは少しだけ違う。
ストーリーの主軸にあるのは原作も映画もカイアの孤独と初恋だ。

物語の舞台はノースカロライナ州の湿地帯。
湿地帯で孤独に生きてきたカイア。
彼女は街の有力者の息子であるチェイス(テイラー・ジョン・スミス)を、殺害したのではないかと疑われている。

本作は事件の真相を解き明かしていくサスペンスだ。
そしてカイアの初恋、さらに法廷劇としての面白さもある。

カイアの母親は夫(カイアの父)からの暴力から逃れるための場所として『ザリガニの鳴くところ』へ避難していた。
カイアの一番年の近い兄も父親から逃げる際、父と2人暮らしとなってしまう幼いカイアに「父さんに暴力を振るわれそうになったら“ザリガニの鳴くところ”へ逃げろ」と助言している。
タイトルにもなっているその場所の意味とは何なのか。

ザリガニは水深は浅いがすぐに身を隠せるような場所に潜んでいるらしい。
見つかりにくく、澄んだ水と穏やかな流れの人為的な影響が少ない場所。
父との接触をできるだけ避け、1人でボートを操り湿地で過ごすようになった幼いカイアの行動からもわかるとおり、『ザリガニの鳴くところ』とは『湿地』そのものであることが窺える。
しかし、実際のところザリガニは鳴かない。
そのことについて、後に生物学を学んだカイアが知らないはずもない。

「鳴かないザリガニが鳴くところ」
人間の聴覚では感知できないはずの音をも感じとれる場所とは果たしてどこなのか。
それは『自然』そのものではないだろうか。
人間が『湿地』と命名した場所ではなく、人間の知性も感性も踏み入れる余地の無い場所なのかもしれない。
有無を言わさぬ、絶対的な『自然』。

時に『湿地』と呼ばれ、時に『ザリガニが鳴くところ』と呼ばれてきた、人間の踏み入る余地など無い絶対的な自然の中で、1人孤独に生きてきた自然の『娘』であったカイア。
 
終盤で「私は湿地だった…」と静かに語るカイア。
人間だけれど『ザリガニの鳴くところ(自然)』が、彼女の全てだったのだろう。
だからこそ、彼女は自分という『ザリガニの鳴くところ』に軽々しく踏み入ったチェイスを許せなかったのかもしれない。