イトウモ

ショーイング・アップのイトウモのレビュー・感想・評価

ショーイング・アップ(2023年製作の映画)
5.0
大好きな一本。
『ファーストカウ』のほうが演出も寓意もキマっていて、どちらを勧めるかと言われたら迷わず『ファースト・カウ』だが、特に私、個人も馴染みの深い美大のキャンパスとアーティストたちという環境も相まって、これがライヒャルトのなかで一番好きな映画になった。

大したことは何も起きない陶芸作家の日常風景という触れ込みであったが、ミニマルながらハラハラドキドキの106分だった。
陶芸家が猫を飼っている。雑然と並べられた作品の前で猫がぴょんと跳ねるたびに作品を壊すのではないかとドキドキしてしまう。

話の軸としては「ご近所トラブルもの」である。
猫を飼っている陶芸作家リジーが個展の準備に忙しい時期に家の給湯器が壊れてしまい、大家に修理を頼むけれど、友人で同業者でもある大家も個展を控えていてなかなか直してもらえないまま苛立ちつつ個展の初日が近づいてくる。
もう一つは、陶芸作家が飼っている猫が鳩をとってくる。彼女は怪我をした鳩を放り出すが、翌日に何も知らない大家が怪我をした鳩(同じ鳩)を拾ったので手当てをして飼うと言い始める。個展の準備に際して、二人の間でたらい回しにされるうち、リジーは鳩に徐々に情が湧いてくる。
(これにもうひとつ、変わり者の弟?をめぐる家族のトラブルが絡む)

ライヒャルトの作品群を貫く寓意は「徒労」だと思う。彼女の映画の登場人物たちにはそもそも企てがないか、あってもほぼ必ず失敗する。今回は鳩。これは育てた鳩を自然に帰す営みではなく、なりゆきでなんとなく飼い始めた鳩に情が移ってきた頃、相手が去ってしまう。しかしそれを通じて個展や隣人をめぐるトラブルが解消される。
決して壊されることはないが一度壊れてしまえば元には戻らない彼女の繊細な作品たち、壊されても直されて再び自然に帰っていく鳩の有機的なたくましさが明白に対比されている。この映画で動物が冷酷にも炙り出すのは、一見精神や個人に関わりを持つかに見える作品というものたちの無機物な物としての貧しさなのだ。
それにしてもトラブルの種は隣人ではなく猫である。そこでなぜ彼女は、というか私たちは隣人を憎み、わざわざ猫を飼って可愛がるのか、というここでは決して描かれない物語に意地悪な興味を覚えた。