Kuuta

別れる決心のKuutaのレビュー・感想・評価

別れる決心(2022年製作の映画)
3.8
監視したい/されたい願望を巡る話で、ヒッチコックからデパルマ、氷の微笑にも連なる、恋愛の駆け引きにサスペンスを重ねる映画。これをパク・チャヌク独特の編集とカメラワークで映像化している。

冒頭、人と人が黒い線で分断されている。相容れないはずの他者が、妄想や推理によって自分の世界にシームレスに現れる(この瞬間彼女が俺の部屋にいたら…的な)。恋に落ちて脳内が相手に侵食されていく状況を絵一つで見せている。ジャンプカットなど手数は多く、目が飽きない。

取り調べシーンで、監視カメラの「客観的な」映像が続くが、肝心なセリフの時は彼女を直接捉えたカットに変わる。誰が見た彼女なのか?自分が見たいもので世界を塗り潰しているだけではないか?死体目線にスマホ目線、壺目線に魚目線…。ショットの客観性と連続性を常に意識させられる。

・原発で勤務し、数字と言葉に生きる妻と対照的に、写真の印象を大切にする主人公と女(安全だとロジックで説明されても納得できないという話?やけに海産物も出てくるし…)。抽象的な会話で関係を深め合う2人と違って、眠れない主人公に「スッポン食べたら良いんじゃない?」とストレートに提案し、心療内科を勧める妻、これはこれで私は好きだったりする。

女の部屋には、海と山どちらにも取れるデザインの壁紙。主人公は何度も目薬を挿すが、視界はぼやけるばかり。見た人によって印象が違う女の服の色、海と山を往復し、赤と青のせめぎ合いの果て、最後の空の色をなんと表現したものか。防水の絆創膏を越えて浸蝕され、穴の空いた心は元に戻らない。人間関係に「解決」などあるのだろうか、と思わされるラスト。

・性的関係に至らない男女の微妙な距離感に全力を注いでいる点で、パクチャヌクの新境地ではある。テーブルを拭く時にギリギリ触れない手とかはともかく、リップクリームの間接キスは中学生感があった。デカい太鼓を一緒に叩いて振動が共有されているのか?という謎演出も良かった、というかあのデートシーン全部良かった。

・最初の事件が一段落し、女が男の監視を始めた場面に「ここからかなり面白くなるのでは」と引き込まれたが、男目線が保たれたところに物足りなさを覚えてしまった。女側の世界に男が入ってくるとか、女視点で事件を再解釈するとか(それだと「お嬢さん」と同じになってしまうが)、前半と違う展開を欲してしまった。

・後輩の刑事のノリなど、描写がやや古臭く感じた。取り調べでの暴力、酔った後輩が女の家に押しかける場面は「流石に問題になるのでは」と気になってしまい、本筋以外のリアリティラインの置き方に戸惑った。

・テーマもジャンルも全く異なるが、社会から見えなくされている女性の特殊なサバイブ、という点で市子を少しだけ思い出した。
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