HAYATO

逆転のトライアングルのHAYATOのネタバレレビュー・内容・結末

逆転のトライアングル(2022年製作の映画)
3.3

このレビューはネタバレを含みます

2024年402本目
乗船に酔い止めは必須
スウェーデンの鬼才・リューベン・オストルンドが、ファッション業界とルッキズム、そして現代における階級社会を痛烈に皮肉り、第75回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した人間ドラマ
人気インフルエンサーのヤヤと、落ち目のモデルのカール。美男美女カップルの2人は、招待を受けて豪華客船クルーズの旅へ。船内ではリッチでクセモノだらけな乗客がバケーションを満喫し、高額チップのためならどんな望みでもかなえる客室乗務員が笑顔を振りまいている。しかしある夜、船が難破し、一行は無人島に流れ着く。やがて、人々のあいだに生き残りをかけた弱肉強食のヒエラルキーが生まれ、その頂点に君臨したのは、サバイバル能力抜群な船のトイレ清掃係だった…。
ヤヤ役は、2020年8月に32歳の若さで亡くなり、本作が遺作となったチャールビ・ディーン。カール役は『キングスマン ファースト・エージェント』のハリス・ディキンソン。そのほか、フィリピンのベテラン俳優・ドリー・デ・レオンや、『スリー・ビルボード』のウディ・ハレルソンらが共演。オストルンド初の英語作品であり、前作『ザ・スクエア 思いやりの聖域』に続いてパルムドールを受賞し、史上3人目となる2作品連続のパルムドール受賞という快挙を成し遂げた。第95回アカデミー賞でも作品、監督、脚本の3部門にノミネートされた。
本作は鋭い社会風刺と人間心理の解剖が詰まったコメディドラマであり、階層の逆転をテーマに据えた大胆な作品だ。大きく3つのパートに分かれており、それぞれが異なる舞台とトーンを持ちながらも、共通して社会的・文化的権力構造を暴いている。
冒頭のプロローグで描かれるモデルオーディションのシーンからして、本作が風刺の刃を研ぎ澄ましていることがわかる。男性モデルがブランドごとの振る舞いを模倣するよう求められる様子や、「眉間のしわ(Triangle of Sadness)」を指摘される場面は、外見重視の業界が抱える表層的な価値観とハラスメント文化を浮き彫りにしている。監督の妻がファッション写真家であるという背景も影響していると思われ、業界内の実態に基づいたリアルな描写が際立つ。
続く第1章では、カールとヤヤのカップルを通じて、ジェンダー平等の矛盾や現代的な男女関係が描かれる。高級ディナーの支払いをめぐる口論は、どこか身近で共感を呼ぶものでありつつ、カールが男性的なプライドに苦しみ、ヤヤが優位な立場で冷静にふるまう様子が対照的で、この場面は個人間の力学が社会全体の権力構造に通じていることを暗示している。
舞台がクルーズ船に移る第2章では、さらに社会批判色を濃くする。ここで描かれるのは、富裕層の傲慢さ、労働階級の献身、そして社会の不平等構造の縮図。特筆すべきは、白人スタッフが富裕層に尽くす一方で、有色人種の裏方がそのさらに下層に位置づけられている点で、この階層の視覚化は現代社会のヒエラルキーを皮肉ったものと言える。乗客たちはステレオタイプ的に描かれながらも、それぞれの異なるエゴや癖が際立っている。船長とロシアの富豪・ディミトリは特に癖が強く、彼らが大酒を飲みながら行う政治討論は、資本主義と共産主義の理念的衝突をコミカルにデフォルメしている。キャプテンズディナーが嵐によって大混乱に陥る場面では、露悪的な演出がピークに達し、富裕層がいかに無力で滑稽な存在であるかを鮮やかに描き出している。
物語のハイライトとも言える第3章では、階層が完全に逆転する。これまで無力に見えたトイレ清掃員のアビゲイルがサバイバル能力を発揮し、グループのリーダーに昇格する姿は痛烈な皮肉であり、同時にカタルシスを生む。ここでは「能力主義」が表面化し、富裕層の地位がいかに脆弱で恣意的なものかが露わになる。しかし、島の新たなヒエラルキーもまた、真の解放や進歩を意味しておらず、「逆転」は必ずしも救済ではなく、むしろ新たな不平等を生成する恐れがあることを示唆している
ラストの「リゾート地」の発見と、それに続くアビゲイルの行動の緊張感は、本作の象徴性をさらに深める。彼女がヤヤを殺害するのか否かは明らかにされないが、最後のカールの疾走はさまざまな解釈をすることができる。
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