耶馬英彦

ヒンターラントの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

ヒンターラント(2021年製作の映画)
4.0
 映像が面白い。最初は違和感があったが、すぐに慣れる。世界が歪んで見えるのは、主人公の帰還兵ペーター・ペルクから見た世界が歪んでいるということなのだろう。俳優をブルーバックで撮影して、背景をCGで作成するという画期的な手法が、この凝った映像を可能にしたようだ。

 舞台は第一次世界大戦後の1920年頃。ドナウ川を遡る船のシーンからはじまる。ドナウ川は全長2800キロメートル以上の大河である。日本で一番長い信濃川は360キロだ。ヨハン・シュトラウス2世の「美しく青きドナウ」は世界的に有名だが、映画の当時は戦禍の屍体がたくさん浮いていたようで、身元の分からない屍体をまとめて埋めた墓地が沿岸にある。多分美しくも青くもなかったはずだ。

 ペーターたちは1918年の戦争終結後から2年間、1917年にロシア革命で成立した新しい国ソビエト社会主義共和国連邦に抑留されていた。強制収容所で過ごした2年間に何があったのか。そこに本作品の核となるテーマがある。

 オーストリアは敗戦国だ。第二次大戦後の日本のように、復興の恩恵を受けるのはまず支配層の連中だ。地べたを這いずり回り、配給を受ける庶民との格差が大きく、暴動を防ぐために警察官は権力者のために体を張る。警察官は国民の生命、身体、財産の安全を守るのが使命のはずだが、守られるのは一部の人間たちだけである。いつの世も同じだ。
 元警察官のペーターは、元兵士でもあり、ヒエラルキーに逆らえない。上官に向かうと直立不動で敬礼する。しかし本当は分かっている。ヒエラルキーの上位者が自分たちを戦場に追いやったのだ。そして戻ってきてもまだ、ヒエラルキー上位者が威張っている。こんな世の中は間違っているはずだ。多分。

 ストーリーは連続殺人事件の謎をペーターが解いていく話だが、幾重にも抱えるトラウマをたくましい身体で受け止め、力強く進んでいく姿は、人としても警察官としても見事である。ブルーバックのCGがペーターの心の揺らぎを上手に表現する。骨太のミステリーだ。
耶馬英彦

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