すずき

ヒンターラントのすずきのレビュー・感想・評価

ヒンターラント(2021年製作の映画)
3.7
第一次世界大戦後のオーストリア。
ペーターは自ら志願して戦争で戦ったが、戦地でロシアの捕虜収容所に囚われ、仲間と共に帰国したのは終戦から2年後だった。
しかし皇帝は国外に逃亡しており、皇帝に忠誠を誓って戦った敗軍の兵達に世間の風当たりは強く、全てが様変わりした故郷に彼らの居場所は無かった。
ペーターも田舎に疎開し、女で一つで娘を育てている妻に合わせる顔がなく、生還を伝えられなかった。
そんな中、同じ収容所の仲間が何者かに壮絶な拷問を受け、体に19本の杭を打たれて殺される事件が発生。
元捜査官で帰還兵の内情にも詳しいペーターは、警視となった元同僚から捜査に協力するよう頼まれるが…

「ヒトラーの偽札」のステファン・ルツォヴィスキー監督によるミステリー作品。
殺人事件は「セブン」のようにかなりエグく痛そうな殺害方法。
そんな猟奇事件の捜査と、「ランボー」のように、国の為に戦ったのに市民から受け入れられず、戦地でのトラウマに悩まされる帰還兵ペーターの苦しみを描く。

ペーターは戦争以前のような幸せな生活を取り戻す事に恐怖を感じて妻にも会えず、ベッドよりも固い床でしか眠れない。
心を戦地に置いていったかのような描写が精神的に痛々しい。
それでもペーターは帰れる家があるだけまだマシで、ある者は職もなく汚い救護施設に入らざるを得なく、またある者は精神を壊して病院で廃人になってしまう。
戦地で惨たらしく死ぬ事も怖いけれど、苦しみを抱えたまま生きなければならない事はもっと怖い。

ギリギリな精神で生きるペーターの見る風景を、ほぼ全編ブルーバックのCGで描かれる。
彼が見た変わり果てた故郷は、全てが歪んだ世界。
建築物は真っ直ぐに建たず、どの柱も床も傾いている。
遠近感も歪んでおり、立体感のない書き割りの絵の様な背景が眼前に広がる。
心象世界を反映し、少しずつ狂ったビジュアルは、ドイツ表現主義の「カリガリ博士」のセットのようだった。

予告編の時から「カリガリ博士」だと思って、パンフのインタビュー読んだらズバリドンピシャ。
元ネタやオマージュ元が分かると、なんか嬉しくて得意げになっちゃう。

ラストシーンだけロケ撮影で狂っていない世界を映す事で、一抹の希望を感じさせるのもありがちだけど王道な演出だったな。