木蘭

ヒンターラントの木蘭のレビュー・感想・評価

ヒンターラント(2021年製作の映画)
4.7
 題名を日本語訳すると『銃後』か。
 ドイツ表現主義の様式を再現した映像に目が行くが、ミステリー映画としても良質な一品。

 良く練られた脚本で、1920年代の欧州を舞台に世界大戦の戦場や捕虜収容所で起きた事件の復讐に巻き込まれるという物語は決して珍しくは無いが、当時の社会の様相などを含めて、様々な要素を詰め込みながら展開される連続猟奇殺人事件は最後にキチンと伏線を回収するし、登場人物に深みもある。
 イラッとさせる警察の無能さと尊大さも流石で、悪人では無いが人としての弱さを感じさせる元同僚刑事も良い。
 これは原作があるのかな?と思ったら、ほぼ素人のハンノ・ビンターのオリジナル脚本を、時間を掛けて、最後は監督たちも参加してブラッシュアップした物だった。

 99分というコンパクトにして適切な上映時間は濃密かつテンポが良く、中だるみも無く没入出来たし、良い意味でもっと長い物語を観た気持ちにさせた。

 ほぼ全編、CGで描かれた(『カリガリ博士』の影響を受けた)常に全てが歪んでいる背景は、表現主義の趣旨通り、戦場と捕虜収容所で傷付いた主人公の精神を表現している訳だが、彩度の高い映像はまるでダークな絵本の様。
 いつしかその背景を自然に感じてしまったのだが、彼の心象心理を表す様に実写シーンになった瞬間、居心地の悪さを感じ、逆説的に主人公の今までの居場所の無さを追体験した。

 歪んだ世界は主人公の心象心理と同時に、監督が第二次世界大戦後以上だという第一次世界大戦後の激変した社会も象徴しており・・・帝政から共和制への移行、巻き起こる労働運動、流行や風俗といった社会の変化から取り残され、クリスマスまでには帰れると愛国心に浮かれて出征した復員兵は心と体が傷付き、仕事や家や家族を失い、社会のお荷物、負け犬と賤視され、ロシアに虜囚されればアカに染まったと排除され、右翼(ここではナチ)にはつけ込まれる。
 敗戦国の普遍的な姿だな・・・と、戦後の日本と重ね併せてしまった。

 因みに、監督はその局地たる戦争を通して、有害な男らしさを描きたかったそうだが・・・辛いからって若い女に逃げるのは、どうかと思うぞ・・・という事は言っておこう。
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