ザリくん

我々の父親のザリくんのネタバレレビュー・内容・結末

我々の父親(2022年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

ホラー映画会社ブラムハウスが送る社会ドキュメンタリーだというもんだから身構えたがやられた。
「不妊治療で大量の患者に自分の精子を注入する医師が存在した」という話です。被害者達が明確に救われる描写はありません。注意。

ドントブリーズを観た時にフィクションの中だけだと思っていたら不幸にも世界は広し、人が考えうる狂行為は大抵存在する。現実は小説よりも何とやら…
サイコスリラーとか割と平気な方だが、実話となると流石に胃が痛い。これまでたくさんの"創作"というクッションで和らげられていたと再認識。

被害者や当医師を知っている人物からのインタビュー証言が主で、再現ドラマも挟みながら進行していく。ドラマに実際の被害者も顔出しで登場する勇気を見せる。

医師職権乱用による不妊治療患者という立場の差を利用した極めて悪質な脱法擬似レイプ。異母のきょうだいは30人を越える。彼本人は宗教の力を借りたりカルト組織に入ったりして罪の自覚意識を誤魔化していた始末。その真実にどのような経由で知り、暴き、白日の元に晒そうとしたか。どのような困難が追及を阻んだか、等が描かれる。
行政も最初動かず裁判では法整備不足のため勝てず、ほとんど進展はないが最後の最後にこの騒動で州の法律が変わった(精子ドナーが禁止)と一抹の改善を記して終幕。被害者の女性も子供が出来る夢が叶って幸せだけど複雑という後に引き摺るコメントをラストに残したし、エンドロール前には「同じ事例が44人の医師に見つかった」とある。最後まで胸糞で攻めて来た。

以下個人の意見です。
社会ドキュメンタリーの評価は非常にやりづらい。ブラムハウスは何の教訓を伝えたかったのだろうか? 映像自体はそれなりに良かったし、演出も(流石得意分野というか)ホラーめいて怖かった。でもこれはホラー映画なのか? 恐怖の娯楽消費になる危険があるようにも見えた。問題提起が活きない、ドキュメンタリーとしての役割はどうなるか少し疑問。

日本では大きな国難として少子化があり、不妊治療への支援が加速しているのに恐怖だけを煽って終わりでは逆効果。勿論作中事件も当然無視してはいけない問題。

真っ当な産婦人科医師のインタビューも入れて、
「(怪しげな医療行為の具体例を挙げて)こんな行為をしてくる医師がいたら念のためセカンドオピニオンに逃げましょう、信用できる産婦人科の元で元気な赤ちゃんを産めることを願っています。」
とか言ってほしかったかも。

または逆転発想で、ドキュメンタリーそのものを変えて完全なフィクション映画「サイコ殺人鬼の恐怖を凌ぐサイコ生殖鬼!」みたいな素っ頓狂な触れ込み作って人呼び込み、エジプト国王の如く子種ばら撒きサイコスリラー娯楽映画を謳って内容はハチャメチャ胸糞展開にして、最後にこれは実話を元にしていますって表示した方が問題提起の効果があるのか?分からない…

国内では精子バンクの信頼性の高い冷凍精子は非常に高価で、元々不妊治療で高い経済的負担を抱えている家庭では手を伸ばせないことも多々あるそう。慈善団体が夫婦と提供者のフェイストゥフェイスで渡すことで微力ながら不妊治療の信頼ある助けになっているとニュースで見た。
これかも他人事ではない社会問題としてあり続ける人工授精、精子提供問題、未来のために更なる法整備も意識して国民一人一人が考え続けていかねばと思った。

というわけで何だかんだこのキモイ作品を見たあとでゴチャゴチャ社会問題を考えることができたので、ドキュメンタリーとして成功ではないでしょうか。それなりの点をつけまーす。
ザリくん

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