耶馬英彦

VESPER/ヴェスパーの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

VESPER/ヴェスパー(2022年製作の映画)
4.0
 未来の話だが、近い将来かもしれない。人類が遺伝子組換えに失敗して食糧不足の時代が到来した。人類の格差と分断は継続しており、持てるものは食料にありつき、持てないものは底辺をさまよう。
 世界は上と下に分かれている。主人公は下にいる少女で、居住環境や事情は徐々に明らかになっていく。しかし上の状況は何もわからない。唯一、上の情報を持った人間がやってくるが、あまりはっきりしない。

 種には、複製されないように遺伝子操作がされている。CDやDVDのコピー防止機能みたいだ。あるいはドイツのバイエル社が買収したアメリカのモンサント社みたいに、知的所有権を盾にして種子を独占するのと同じだ。農家は永遠に種子を毎年買い続けなければならない。同時に趣旨とセットになっているモンサント社の肥料や農薬も買わなければならないから、年々貧しくなる。そのせいで、インドでは毎年15,000人の農家が自殺している。

 種の遺伝子の限定解除をしたところで、格差と分断が解消されない限り、下の人間に未来はない。しかしヴェスパーはまだそこに気づいていない。おそらく続編があるだろうから、そのあたりや上の様子も含めて、全貌がわかってくるかもしれない。

 人間は愚かだが、ひとりひとりに話を聞く分には、それなりの事情がある。しかし集団になって、カテゴリ分類されると、途端にもっと愚かになる。自分のカテゴリと他のカテゴリを比較して、敵対視したり蔑んだりする。それだけでなく、他のカテゴリの人々の人権を蹂躙しようとさえする。その極めつけは戦争だ。
 地球が危機に瀕してもなお、優越の立場の人間たちは、その優越を維持しようとするのだ。マウントを取ると言うと個人の話みたいだが、カテゴリの人間全部が同じように格差を維持しようとするのは、愚かの極みである。
 本作品は人間が執念深く生き延びようとする姿とともに、人間の愚かさを一緒に描いている。たとえ善意の第三者でも、愚かであることに変わりはない。他人の命よりも自分の命を優先するのだ。利己主義の本質である。人間は基本的に利己主義者なのだ。利己主義から脱却するには、相当の覚悟が必要である。人類がその覚悟を持てる日は、そう簡単にはやってこない。

 設定に粗もあるし雑なプロットもあるが、世界観は壮大で、登場人物のいずれも典型だ。動物がいなくなった世界の植物は、ある意味で動物的である。生物学は化学や物理とオーバーラップして、機械部品は有機的になっている。これらの発想はとてもユニークだ。続編が楽しみである。
耶馬英彦

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