性的な欲求を生まれつき持たず、恋愛願望も結婚願望もない性的マイノリティーの「アセクシュアル」(無性愛者 )。本作品は、アセクシュアルに属する人々が、そうとバレないようにマジョリティーを装いながら、日常生活を送っている実情を描いています。
映像から浮かび上がるのは、受験、就職、結婚、出産というステロタイプな人生のレールを歩き続ける「普通の日本人」が、アセクシュアルの人々に息苦しさを与えている社会の実像。「普通の日本人」の画一的な価値観が、いかに性的マイノリティーを苦しめているかが、ひしひしと伝わってきます。秀作です。
「えっ、彼氏まだできないの？」
「そろそろ結婚を考えないと…」
「ねえねえ、好きなタイプは？」
日々の会話で聞こえてくる、こうした何気ない言葉も、アセクシュアルの人々の心に刺さるトゲになることを実感しました。「私はアセクシュアルです。だから彼氏は要らないんです」と正直に告白しても、ほとんどの人は理解できないからです。だから「うーん、今はちょっといないんだ」などと「フツウの女子」を演じなければいけない。それが、どんなにつらいことか。
アセクシュアルが、友情に愛と希望を見いだすことも、さほど知られていません。だから悲劇が生まれる。本作品では、アセクシュアルの佳純(三浦透子)が、心の友となった真帆(前田敦子)を失うシーンを通じ、そうした悲しみを描き出しています。佳純と一緒に暮らすと決めた真帆は、土壇場になって約束を反故にします。好きな人との結婚が決まったためでした。
「友情より結婚」。これがフツウの感覚でしょう。だから佳純は屈託なく「そっか。やったね。おめでとう！」と言う。真帆も「ホントにごめん。そして、ありがとう」と言う。あまりにつらい別れです。
全体として抑えた描写が目立つ、落ち着いた作品です。三浦透子、前田敦子の演技力が光ります。地味ですが、お勧めの一本です。
