mera

ナショナル・シアター・ライブ「プライマ・フェイシィ」のmeraのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

重い圧がある作品だけれど、観てよかった!
エンパワメントされました!

二人の友人からの強いすすめがあって、これは確かに「絶対観たほうがいい」作品だなあと。
私も人に「絶対観たほうがいい」ってすすめたい(セクハラのフラッシュバックの心配がある人以外)。

この作品が一番よいのは彼女がもともとは強者だったこと。それが、たった一度の性被害で、無力な弱者の立場に追いやられる。

向こう側の強者の世界にいたときには見えなかった、想像したことがなかった感情や立場を、自らの心身で体験したことで、彼女はどんなに時間をかけてつらい準備をしても、負けるのがわかっていても、このままではいけない、変わらなければならないと発信することを決意する。ぼろぼろになりながら。

ほんとうにつらい2年超だったと思うけれど、そこで苦しんだからこそ、搾り出される彼女のラストのメッセージは圧巻。どんなにたいへんでも、被害者をこれ以上鞭打たない仕組みを考え続けなければならないし、なにより、加害を無くさなければならない。

間違った知識(たとえ妻でも性的同意を得なければレイプなのだとか、男の痴漢が蔓延しているのに女性に注意喚起する地獄のような日本で何人の男性が知識として持っているんだろう? 痴漢対策は少しずつ改善されつつあるけれど)有識者たちが性教育が大事だと言い続けているのに、13歳の性交同意年齢は頑として引き上げないのに、正しい性教育を子どもたちに与えない日本。

子ども向けアニメやマンガでいまだにカジュアルに性加害が描かれる日本。主人公が「たまたま」巨乳なキャラの胸を触り、「偶然」妹のお風呂を覗き、「転んで」ヒロインのスカートの中に頭を突っ込んでしまう日本。AVはエンタメでファンタジー、リアルなセックスとは別物だと出演している俳優さんたちがいくら伝えても、生身の女性にAVを教科書にしたセックスを平気で求める日本。

間違った性の教科書は世界でも有数の数と種類が提供され、子どもでもかんたんに手に入るのに、正しい性知識を学ぶための方法が普通には用意されていない日本に私たちは生きているので、『プライマ・フェイシィ』より状況は最悪なのです。だからこそ、気づいた人たちが遠くにいても連帯していかなくてはと思いました。男性も女性も。

彼女がレイプされてからはつらい場面しかないけれど、ついに来た法廷での対決で、かつての同僚や、その日初めて会った女性警察官や、来てくれた母親や、同じようにいまの社会のなかでは無力でも、彼女の立場に立って、静かにともに在る人たちの存在も描かれる。彼女が闘ったのも、自分のためだけではまったくない。このゆるく、かすかな連帯だけが希望でした。

私たち観客も、彼女と共に在るひとりとして、見たからには、知ったからには、変えていかなくてはならない。突然誰かの平穏を奪うことを許さず、平穏を奪われた人がこんな思いをする男社会の常識で作られている社会を変えなくては。そして、男性は加害者にならないように、無意識にインストールされた間違った性の知識を上書きして、正しい性の知識を身につけて、女性も正しい知識で自分の身体を守らなくては。

告発された男性は、一面では良い弁護士だった。でもそれは誰かの平穏を奪うエクスキューズにはならない。当たり前のことなのに。そんな当たり前のことも、性加害だと判断がおかしくなる。

SNSの感想で、「これくらいのことで? 自分はもっとひどいことをされた。これは女性も悪い」という女性の感想を見かけた。性加害で平穏を奪われた人のつらさを垣間見た気がした。そしてこのコメントから、社会がいかに男社会なのかを感じた。

劇中で描かれたシフターフッドや連帯より、弱いものがさらに弱いものを叩いてくれたほうが、為政者(男)は統治がしやすい。

女の敵は女、と男が言うのはこれだし、まさに劇中でも、女の陪審員のほうが女に厳しいことがあると言わせていたのもこれだ。強者である男たちはボーイズクラブで、ホモソーシャルのつながりで、窮地に立った仲間をお互いに守りあって、そのツケを女に押しつけて社会を回しているのに!(法廷にもホモソーシャルなお友達が笑って応援に来ていた)

男社会に適応するために、女が女を叩く。男社会はそうしてどんどん男に都合良く回っていく。

私はこうしたい、私はこれがイヤだ、私はこれが苦しい。女はどんどん言うべきだ。怒りがあるときは怒ってよいのだ。いつも笑って機嫌良くいなくていいのだ。いま、それをやり始めた女性に対して、「伝え方がよくない」「私は平気」「相手(男性)がかわいそう」という反応をさまざま場面で見かける。誰かの苦しみは、あなたのものじゃない。なぜ自分が共感より先にそう思ってしまうのか、立ち止まって考えるときが来ていると思う。

男社会で生きてきた私たちは、男社会の勝手な都合の良い「女性像」をインストールしすぎている。女性たちは、もっと自由になっていいのだ。その権利はちゃんとあるのだ。同じ人間なのだから。私もまだその途上だけれど(たぶん一生途上だ)誰かの苦しみをジャッジするのではなく、解決するにはどうしたらよいのかを考え、学び続け、試行錯誤しながら変化し続けるしかないと思っている。

映画が熱かったので、なんだか熱くなってしまいました😇

信田さよ子先生の連載
「よきことをなす人」たちのセクハラ
がおもしろいので、この映画を観た方にはおすすめです。
http://s-scrap.com/6794る
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