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日本原 牛と人の大地のIMAOのネタバレレビュー・内容・結末

日本原 牛と人の大地(2022年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

予告篇などからの連想だと、もっと政治的な話かと思ったが実はもっと真っ当にそして地味に生きている人たちの話。上映後、この映画のプロデューサーであり、監督の妻である黒部麻子さんのトークがあり中々興味深い話が聞けた。監督の黒部俊介が妻と共に岡山県に移住し、介護職に就いたのだが、そこを辞めざるえなくなり、映画学校出身だった彼が始めたのがドキュメンタリー映画の撮影だった。当初は麻子さんは関わらない様にしていたのだが、ある程度出来たオフライン編集を見てから「意外と面白いかも?」と思い、二人してこの映画を製作してきたそうだ。
ここで語られるのは岡山県北部にある奈義町に住むある老人の話だ。奈義町には日露戦争のころからある「日本原演習場」と呼ばれる自衛隊の演習場がある。現在は自衛隊が管理しているのだが、奈義町は自衛隊との「共存共栄」を図り、地元住民が土地を耕作する権利が防衛省から認められている。だが、今やそこで農業を営むのは内藤秀之さんの家族だけとなった。この内藤さんを中心にこの土地に生きる人々をカメラは追ってゆく。
内藤さんは元々医学部の学生だったが、彼が学生だった1950年代は学生運動が一番盛んな時期だった。内藤さんも奈義町に居を構えたのも最初は政治的な意図があった。多くの学生たちがこの自衛隊の演習地をその土地の農民たちと耕すことで、政治的なアピールをしたのだ。だが、最終的にこの地に残ったのは内藤さんだけだったという。内藤さんは学生運動で亡くした親友への想いがある。だが、彼がこの地で生きているのは多分それだけが理由ではない。その複雑な想いを監督である黒部は迷いながらも撮ってゆき、決して結論を出そうとしない。そこがこの映画の最大の魅力だと思う。
黒部監督は日本映画大学の出身だが、企画書を書くことが出来ず自分には才能がないと思い、映画の道に進むことは無かった。所謂日本のテレビドキュメンタリーを製作した者なら分かるだろうが、普通はある対象を撮る場合には、事前に取材をしてそれを元に「構成台本」を書き、そのストーリーを元に撮影をしてゆく。だが、本来映画は(特にドキュメンタリー映画は)発見してゆく過程にこそ面白みがあるのだ。最初に会った時に対象が話したことの方が面白かったとか、逆の場合も多々ある。そうした中で作者自らが迷い、発見してゆく過程がこの映画には赤裸々に見えてくる。
だが、そうした作業を続けるには実はかなり時間と気力と体力とそして(こう言うのも憚れるが)対象への愛が必要だ。それがないと、長期間の取材のモチベーションを保つことが出来ない。この映画も実は3年ほどの時間をかけて完成した、という。こういう試みは今ではなかなかテレビドキュメンタリーでは難しくなってしまったし、見ることが出来ないジャンルとなってしまった。それだけにこの映画には、普通のテレビドキュメンタリーにない「生」感が満ちている。
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