耶馬英彦

熊は、いない/ノー・ベアーズの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

3.5
 状況説明がなく、ストーリーもないから、映画としては非常にわかりにくい。最も多く登場するのが監督自身なのだが、監督が何故その村にいるのか、どうしてリモートで映画を製作しているのかなどが初期の疑問で、少しずつは明らかになるが、オブラートに包んだ感じで、どうにもピンとこない部分がある。

 キーワードは「村のしきたり」だろう。宿泊しているだけで関わってこようとする村人たちは、あれこれと言いがかりをつけては村のしきたりを押し付けてこようとする。そのパラダイムはイスラム教を押し付けようとする国家の姿勢に似ている。監督の狙いは、イランの問題は映画を検閲するイスラム政権だけでなく、政権を支えている周辺地域の精神性をあぶり出すことだ。

 撮影している映画の登場人物のひとりは、息子のことで悩んでいる。息子はイランを出たいという。どうして出たいのか聞くと、閉じ込められている気がするから、らしい。イランには自由も仕事もない。他の登場人物たちも、偽のパスポートを手に入れて、イランを出ようとする。
 イランを出たい人がたくさんいるのに、どうしてイランという国が継続しているのか。もちろん国境警備隊が出国を厳しく見張っているということもある。しかし本当は諦めている人が大半ではないのか。そういう人が結果的にイスラム政権を支えている。そしてパナヒ監督の映画を検閲する。
 村のしきたりに従って、ひっそりと人生をやり過ごすのは、安全な生き方かもしれない。しかし見方を変えれば、怠惰で臆病なだけだ。ただ国や村などの共同体に従順なだけで、勇気がなく、行動もしない。イラン経済がよくならないのも、いつまで経っても人権が認められないのも、人々の臆病と怠惰が遠因となっているのではないか。

 パナヒ監督の疑問は尽きない。
耶馬英彦

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