かつては“小金剛“と称されるほどの柔道の達人だったが今は酒と借金に溺れる男と、そんな彼と戦う事を望む青年、そして歌手を目指す女の3人が織りなす人間模様を描いた青春アクション。
監督は香港映画界の巨匠、ジョニー・トー。
黒澤明初監督作品『姿三四郎』(1943)のオマージュであり、黒澤への謝辞もちゃんとクレジットされている。
なお、主題歌&挿入歌「姿三四郎」は1970年に放送されたテレビドラマ版から借用されたものであるらしく、黒澤版とは(多分)無関係。いきなり日本語の歌が流れるので普通にびっくりする。
後ろばかり見ている馬鹿と、前しか見ない馬鹿、そして今だけを見つめる馬鹿。この三馬鹿トリオの奇妙な共同生活が描かれる訳だが、この3人それぞれの物語が合流して1つの大きな流れになる…という事はない。
というか、この映画にストーリーらしいストーリーは存在しておらず、各キャラクターの行動原理やその結末はなんだか曖昧である。
テレビゲーム「シェンムー」(1999-)の芭月涼みたいな男トニーには特に背景がある訳ではなく、ただの「俺より強い奴に会いに行く」系の柔道馬鹿だし、ヒロインであるシウモンもどういう人物なのか最後までよくわからない。一応の主人公であるシト・ポウに至っては、何故あそこまで落ちぶれてしまったのかがよく分からない為、何をモチベーションにこの男を応援すれば良いのか不明。最後の方で「ん?もしかして目が悪いのか?」と気付かされるが、その描き方もよく言えば上品、悪く言えば「気付くかそんなん!」とツッコミたくなるほど細やか。観客の中には彼の病に気付かなかった人も居るのではないだろうか…というか、自分は気付きませんでした😅
ストーリーが薄味なのはまだ良いとして、問題なのはシト・ポウが再びヤル気を取り戻すまで1時間以上かかるという事。
酒浸りの元柔道マスターなんてキャラが出てきたら、そんなもんどうしたってそのキャラが再起する物語になるんだから、勿体付けずに早めに復活させれば良いのに。先述した様にシト・ポウが堕落した原因は最終盤まで明らかにならない為、彼に対して興味の持続が続かない。シト・ポウではなく柔道狂人トニーに視座を置いて、彼を中心に物語を構築していって方が面白い映画になったんじゃないだろうか。
脚本の弱さは疑うべくもないが、本作で映し出される香港の街並みは、それを十分に補う魅力に溢れている。
この映画が切り取るのは雑多でありながら統一感があり、活力に漲っている様で裏寂しさも有している2000年代初頭の香港。中国に返還された後ではあるが、いまだ自由な空気が街全体を包み込んでいる。
住んだ事も、ましてや行った事すら無いにも拘らずノスタルジックな気持ちになってしまう、これこそが香港の魔力なのだろう。この時代の香港に行ってみたかった…。
本作にはクローズアップではなくロングショットで人物を捉えるシーンが多く登場するが、これはこの街こそが主役であると宣言している様なもの。三馬鹿の人生模様ではなく、三馬鹿を含めた種々多様な人間の人生を飲み込みながら流動的な変化を続ける香港の「今」の姿を描き出す。それこそがこの映画の核なのだと思う。
気に入っているのは出会ったばかりの三馬鹿がバスでゲームセンターまで移動する場面。要領の得ない会話を続ける3人をカメラは捉え続けるが、車窓には香港の何気ない日常が流れている。ただこれだけの画面が、百の言葉よりも多くの事を雄弁に語る。
理屈ではなく情感に訴えるストーリーテリング。この端正な語り口に痺れずにいられようか!
もう1つ。香港映画の強みはやはり身体をフルに活用したアクションであるが、本作のそれはとにかく切れ味が鋭い。
カンフーではなく柔道である点がまずユニークなのだが、この柔道アクションがキレッキレ!冒頭、トニーがボディーガードを鮮やかに投げてみせた時にはそのあまりの華やかさ思わず吐息が漏れてしまった…。
香港の混沌とした街並み、妖しさに満ちた闇夜、陰影がバリッと効いた撮影、そこに巧みな柔道アクションとくりゃ、そんなもんテンションが上がらない訳がないっ!!アスファルトの上にぶん投げたら死んじゃうよっ!とか思うんだけど、流石香港男子は頑丈なのです。
思っていたよりもアクションシーンは少なめだったし、ラスボスがぽっと出だった上にその対決もなんかぼんやりしていたのは不満なのだが、ここまで柔道をエンタメに落とし込んだ映画は初めて観た。これを阿部一二三主演でリメイクすれば大ウケするんじゃ!?東宝でも松竹でもなんでもいいから、早く作るのじゃ!!
面白い映画だったかと言われると返答に窮するが、少なくとも見どころのある作品ではある。
2014年の「雨傘革命」に端を発する民主化デモが今なお燻り続けている事を考えると、本作が映し出している自由な風土の香港はもうこの世界から消えてしまっているのかも知れない。そんな複雑な気持ちを抱きながら、在りし日の魔都に想いを巡らす。
※4Kリマスター版にて鑑賞。オリジナルは未鑑賞なので、その違いについてはよくわかりません…。