みほみほ

福田村事件のみほみほのレビュー・感想・評価

福田村事件(2023年製作の映画)
4.5
🇯🇵2023年192本目🇯🇵10

前評判には極力触れずに、トレンドも踏まずにただ漠然と観たいなと思っていたところ、私の誕生日である 9月6日に起きた事件の映画化であることを昨夜知り、すかさずこの作品に決めた。

誕生日に観る映画ではないなと分かってはいたけど、誕生日だからこそ 9月6日だからこそ観る意味を強く感じたので、なんだか運命的で不思議な巡り合わせ。

100年も前の話と思うか、たった100年前の話と思うかでも変わってくるけど、私は今の時代と人間の本質は何も変わっていなくて、ただ置かれる状況が違うだけのように感じた。

今の時代もデマに翻弄されるし、アジア諸国への偏見は根強いし、こういった歴史から国家規模での敵対を感じる出来事も多いので、先人が親世代から受け継いだものが代々繰り返され、変わらず悲劇を生み続けていることが心苦しく切ない。

国がどんな体制だったか、国民の暮らしはどうだったか、小さな村に焦点を当てながらも都心の状況をも知ることが出来たので、教科書でザッと習った時には全く見えてこなかった当時の世界が蘇ったかのような感動があった反面、これから起きる悲劇が近づいてくるにつれて恐ろしかった。

結果的に私が想像していた経緯とは全く違うものだったし、国家を主体として警察などが扇動している恐ろしさに動揺した。どこかで信じたくない気持ちもあったし、認めたくない苦しみに心がストップするような感覚を覚えた。

事実を伝えずデマに加担する新聞、風の噂に怯え、団結してしまう小さな村の民衆。誰かの声なんて聞き入れる事もせず、目の前の疑問に勝手に答えを出そうと高まってしまう群衆の気持ち悪さ。

日本でこれだけの役者を揃え、このような映画が撮られることは今まであっただろうか。この高まりは韓国映画の社会派作品を観る時にしか感じる事がなかった衝撃なので、驚きが隠せなかった。

事件や当時の情勢にストレートに踏み込んだ作品だと思うし、当時どんな世界が渦巻いていたのかをこの目で観ることが出来て、自分もその世界の一員のような気分になって体感していたので本当に苦しかった。

鑑賞後は込み上がる気持ちが抑えきれず、映画館のトイレで泣きました。辛いです。でも日本人は特に観るべき作品だと思うし、私は観てよかったと思える。社会科の授業で習った時に、関東大震災の時に起きた朝鮮人虐殺に当時の社会科の先生が触れた時の話が忘れられなくて心に残っていたけど、今この映画をあの時の社会の先生が観たらどう思うのかすごく興味が湧きました。

私(平成2年生まれ)が子供の頃、祖母の口からチョンという蔑称を聞いた事があり、子供ながらに薄々その世代の差別意識の根強さに嫌悪感があったのですが、当時主流だったカメラの事を意味も知らずにバカチョンカメラと呼んでいた自分や当たり前にその呼び名が何も知らない子供世代に通っていた事が今思うと、本作の中の意識が決して遠い世界のものでは無いことを再確認させられて、また苦しくなってくる。

自分があの場にいたら、あの村で育ったゴリゴリの石頭だったらと思うと、どんな振る舞いをするのだろうかと想像するだけで恐ろしい。

前半は人々のそれぞれの暮らしをゆったり描いていて、後に起きる地獄を感じさせないんだけど、心の中にそれぞれが感じる傷みから日本の負の歴史が見えてきて、あまりの苦しさに一瞬映画から離れたくなりました。

漠然としたここ100年の歴史へのイメージでは、敗戦国で被害者でみたいな苦しみと切なさが原爆や東京大空襲による衝撃から強い面があったけど、その奥で日本人に根付いていたものや、100年前のこういう風潮の中で多くの人間が殺されていた事を絶対に忘れたくないし、自分が混乱の中で判断を迫られた時には必ず思い出したいと思った。

南京大虐殺はなかったとか、未だに騒いでお隣の国はとよく民度について騒ぐ人々がいるけど、日本もどこの国にもいい人も悪い人もいることを改めて考えさせられるし、全体で判断することをやってしまいがちだからこそ気をつけなくては!と思った。

あんな殺傷能力の低い武器で繰り返し刺される苦しみを思うと、本当に精神的に無理でした。生々しくて痛々しくて、最後に村に残る悲壮感と脱力感は忘れられません。救えなかった人も、加担して煽って人を殺した人も、善良な考えだったはずの村長の表情も……

井浦新をはじめとして、役者陣が凄かった。永山瑛太がすごく印象的だったし、こんなに味がある俳優さんになってたのかという驚きに、東出昌大もなんか一皮むけた感じで、色気があってハマり役だったように思う。一昔前はナヨナヨしたイメージだったから、ガラリと印象変わってて前よりも好感持てた。
村の中での過激な軍人を水道橋博士が好演。これもまたハマってた。井浦新の男性像は不思議な静けさがありつつも、過去の罪を背負い奔放な嫁の隣で密かに苦しみ続ける姿が心に残った。

終盤の一連のシーン、どの役者もその場にいた人間のように見える熱量でどっぷりとその世界の緊迫感に浸かりました。永山瑛太演じる男のセリフに全てのメッセージが詰まっていた気がしました。

小さなスクリーンだけど、結構人が入ってた。多分自宅で観ていたら嗚咽し泣いているので、劇場では我慢するのに必死でした。

日本人の気質とか陰湿な性質も味わえたし、言葉にはしなくとも静かに強かに燃える怒りの描写も良かった。田中麗奈演じるキャラクターは好きになれなかったし、謎の恋愛関係とかもありなんだこれ?と思う瞬間も前半はあったけど、後半はそんな事どうでも良くなるし、前半の平和な時間が蘇りもどかしくなります。

誕生日セレクトとは思えない作品ですが、心に強い衝撃と悲しみが残り、ある意味貴重な誕生日の映画鑑賞となりました。劇場を出るどの人の後ろ姿も暗く沈んだように見えて、トイレへと急ぎ泣きました。

多くの日本人が観るべきだと 100年後の今日、誕生日を迎える私は 強く思いました。
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