春とヒコーキ土岡哲朗

福田村事件の春とヒコーキ土岡哲朗のネタバレレビュー・内容・結末

福田村事件(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

見ていて苦しいけど、「見ていて」はいけない。

内容的に「面白い」と言ってしまうのははばかられるけど、作りがあまりに面白くて引き込まれた。実在の事件が元という情報だけで、惨劇になることは分かっていた。だから、その最悪に向かってじっくり泳がされる時間が続く。
そこは、同じく実在の事件を題材にしている『クーリンチェ少年殺人事件』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、『デトロイト』とも共通している。
最後に一気に爆発させるための構成で、それまでの溜めの時間も見ごたえがあった。だけど、最後は面白いなんて思えない苦しい時間だった。


個人と外部を認めない村社会の圧力。

この映画でクライマックスに至るまでの間に蔓延しているのは、村社会の陰湿さ、外部への恐怖から生まれる差別意識。メイン格の人物たちは、それらをうっすら嫌だと思っている。しかし多数派は、村社会に縛られながらも、それを推進している側。そのどちらもが、ずっとストレスを溜めていく。

村そのものの秩序に加えて、「国家に従う」という意識も強く、強制的に巻き込もうとしてくる。
そこにメイン格の人物たちは、「個人」であることを尊重すべきと思って生活している。
永山瑛太演じる新助が人種差別を憎むのも、人種でくくらず一人の人間として扱えという「個」の意識。夫が兵役して寂しかったから不倫する咲江、というのも「個」。差別反対が善の価値観なのに対して、不倫は社会的に悪いとされていること。でも、この二つを並べることで、善悪は関係なしにそもそも「個人」という単位の存在を村が認めていない、ということが表れている。
個人の価値観があることを認めた上で、それが多数派的に悪いと思うなら批判すればいい。それをしない同調圧力の強い村に、メイン格の人物たちはストレスを溜めていく。
一方、村社会を良しとしている元軍人たちも、村に逆らう人間への軽蔑、外部への恐怖でストレスを溜めていく。そこには、「私も不自由な同調圧力に縛られて苦しんでるんだから、お前らも巻き込まれろ」という部分もある。出兵した夫が死んだかもしれない妻や、父に妻を寝取られているのを知りながら生活をひっくり返せずにいた夫が、それでも村=多数派についたという結果からそう感じた。どちらもストレスを溜めて、それが終盤に一気にあふれ出して惨劇になる。


終盤がずっと地獄絵図。

映画の後半、関東大震災が起こり、不安な市民を煽るような噂な流れ出す。「混乱に乗じて朝鮮人が暴れている」、と。それを聞いた元軍人たちは、差別感情に正当性を持たせて自警団を作る。そして、行商の集団が福田村を訪れる。よそもの=朝鮮人と疑う乱暴な自警団たちが、行商たちを詰めていく。否定しても聞かないどころか、行商の味方をする村人も疑い、ひとまとめに敵扱いして過熱する。

この詰問の時間が、ずっと苦しかった。自警団たちは、冷静になれと止められた分を、より攻撃にして返す。取り囲んで武器を向けて、言い分は聞かない。駐在所の巡査が、行商たちが日本人であることを確認しに署に向かう。「朝鮮人だから殺せ」という自警団を止めようと、「彼らは朝鮮人じゃない」とかばう数人。かばう人々の言い方に根本の違和感はありつつも、今この場で自警団を止めるためにこの言い方しかないか、と思いながら見ていた。

でもそこに、永山瑛太演じる行商のリーダー・新助がハッキリと言った。「朝鮮人だったら殺してもええんか」。
ずっとあった根本の間違いを口にした。でも、この言葉が出てスッキリするわけではない。状況のひどさに悲しくなるだけ。
そして、駐在の巡査が行商の身分を確認しに署に戻っている間に、村人たちによる行商の殺害が起きる。報復や守るためという理由で自分を正義だと思っている人間は止まらない。人間が人間でなくなる、見ていてつらい光景だった。


「あなたはいつも見てるだけなのね」。

これは、田中麗奈演じる静子が夫の澤田に言った言葉。しかし、言われているのは澤田だけでなく、この映画を観ている観客。しっかり受け止めながら観ていたつもりだったが、映画を観ていただけ。そんなところを急に刺されてビクっとしてしまった。

そして、クライマックスの惨劇で村長の田向が、見ているだけの自分たちに近い存在なんだと思った。
村長は最初は自警団を冷静にさせようと止めていたが、殺戮が始まってしまい止められなくなると、自分にすがった行商が殺されるのさえ茫然と見るだけ。惨劇が終わると、村長は現れた記者に「おれは待てって言ったんだ……」「この村で生きていかなきゃいけないんだ。書かないでくれ……」と言う。
村長は、ダメだというのが分かっていただけの人になってしまった。見てるだけで終わった村長の後悔と言い訳の姿を見て、こうではいけないけど一番自分たちに近いと思った。