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波が去るときのCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

波が去るとき(2022年製作の映画)
4.0
【暴力は冷たく停滞をもたらす】
第79回ヴェネツィア国際映画祭のアウト・オブ・コンペティション部門に出品されたラヴ・ディアス監督最新作『波が去るとき』。事前情報だとアレクサンドル・デュマ・ペール「モンテ・クリスト伯」の映画化と聞いていたのだが、cineuropaのインタビュー記事</a>によると、「モンテ・クリスト伯」よりもドストエフスキーに影響を受けているとのこと。しかし、ラヴ・ディアス監督作は『立ち去った女』には「モンテ・クリスト伯」を思わせる壮大な復讐の物語がある。しかも、『痛ましき謎への子守唄』のインタビュー記事を読むとこの作品では「モンテ・クリスト伯」の影響を受けていると言及されている。そもそも、ラヴ・ディアス映画の特徴を「フィリピン社会の腐敗を地方都市から、『モンテ・クリスト伯』的復讐譚、ドストエフスキー的重厚さをもって描く映像作家」と言い表すことができるのではないだろうか?ということで新作『波が去るとき』を観てみた。

ラヴ・ディアス監督といえば、毎作ロドリゴ・ドゥテルテ政権に対する怒りを映画にぶつけている。ブリランテ・メンドーサが都市部における腐敗を中心に描くのに対し、ラヴ・ディアスは地方都市からジワジワ押し寄せてくる腐敗の波、軍の暴力を描いている。その暴力の勢いは『悪魔の季節』、『停止</a>』、『チンパンジー属』と作品を重ねるごとにパワーアップしてきたイメージがあるが、『When the Waves Are Gone』ではヒートアップした熱量を一旦冷却させた作品に仕上がっている。その結果、洗練された暴力。続く暴力に対して無情に過ぎ去る時間の波の表象として磨きのかかったものとなっていた。今回は空間造形へのこだわりが凄まじいものとなっている。張り込み調査シーンひとつとっても、物陰から数十m先にある光差す家を覗き込む様子を美しい絵画的構図で描いており、電話に出ながら今か今かと決定的瞬間を仕留めようとする手汗握るものが感じ取れる。

水責め儀式の場面では、恐ろしいことが行われている横で、犬が建物に入ろうかどうか悩む長閑な場面が共存する。この対位法により、人間サイドの凄惨なアクションが強調される。そして何よりも、警察が八百屋のおじさんに暴行を加えるも、少年が啜り泣く姿を見て、たまらず救急車を呼ぶ場面における切り返しの禍々しさ、凄惨さに耐えられず「仕事やめようかな」と魂が肉体から抜けようととするジャーナリストなど強烈なシーンが目白押しとなっている。

また、本作において重要なのは時間である。引きずる痛みを表現するために、海辺で虚無だけが流れるシーンに十二分な時間が割かれているのだ。

これはラヴ・ディアス新章の始まりではと思うほど新鮮さと更なる傑作が誕生する予感を抱かせた。
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