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理想郷のfujisanのレビュー・感想・評価

理想郷(2022年製作の映画)
3.8
『美しい風景に隠された厳しい現実』

2022年東京国際映画祭での3冠をはじめ、世界中で合計54もの賞を獲得したスペイン・フランス合作映画。

2010年スペイン北西部のガリシア地方で実際に発生した事件がベースとなっており、都会からの移住者と地元住民とのトラブルという、世界中で発生している普遍的な問題を扱った作品。

スペインといえば温暖な土地のイメージがありますが、スペイン北西部は冬には雪も降る、森に囲まれた山岳地帯。そこにある世帯数10にも満たない限界集落の寒村に、フランスからスローライフを夢見て夫婦が移住してきます。

元教師の夫はITを駆使して無農薬農業を営み事業は順調。ただ、村そのものは極端な貧困状態であり、近くに建つこととなった風力発電の補償金に期待。ただ、それも移住夫婦が環境問題を理由に反対したことで頓挫します。

当然、村民としては面白くない話であり、夫婦と地元村民との衝突は避けられなくなっていく、、という話です。


映画の構成:

映画の原題は「The Beast(野獣)」。映画の冒頭、男たちが野生馬を素手で押さえ込んで捕らえたてがみを切るという、激しい村の風習の映像から始まり、これが後々意味を持ってきます。

映画は二部構成になっており、一部は夫(男)の視点から見た心理スリラーとして描かれ、二部は妻(女)の視点から見たラブストーリー。つまり、主人公もジャンルも途中で変わるという、とても凝った構成になっていました。

映画では移住者と村人の間で様々な問題が発生するのですが、男性が取りがちな暴力による解決を目指す一部に対し、異なるアプローチでの解決を目指す二部がそれぞれ対をなすように描かれており、とてもよく出来た脚本になっていました。


感想:

何かのレビューに書いた気がしますが、父の生まれは山陰地方のど田舎で、田んぼを売るにも村の長老的な方の許可が要るような、まるで日本昔ばなしに出てくるような場所。

村には最寄り駅からさらに車で2時間以上山道を走っていくのですが、村の入口に入った瞬間、既に全村民に帰省の情報が伝わるようなところでした(ある意味光ファイバーなみのクチコミ速度)

静かな寒村で誰も外に出ていないような村でしたが、多分、歩いてるだけで色んなところから見られているんだろうなって、子供心に怖かったことを覚えています。

近年の移住ブームの中、移住者と地元住民とのトラブルも目立つようになってきていますが、SNSやYoutubeの発達によって目立つようになっているだけで、こういうのは昔からあったし、何なら昔のほうが酷かったんだと思います。

そういう経験もあったからか、本作を観て思ったのは、移住者(特に夫)にもかなり問題があったかなぁ、と。

移住にも色々理由があると思いますが、スローライフが目的なのであれば”郷に入っては郷に従え”で地元に馴染むべきだし、明らかに排除されているのであれば、戦わずにまた別の場所に”理想郷”を探すべきでした。

私自身はそんな感想を持ったのですが、本作がよく出来ているのは、観た人に考えさせ、判断をゆだねるつくりになっているところ。

劇中では効果的に引きの映像による長回しが使われており、例えば村に一軒だけあるバーで口論になるシーンでは、まるで自分も一人の客になったように口論を眺める視点になり、どちらが悪いのかを考えさせるようになっていました。

監督のインタビューによると、編集によってどちらかの立場に偏ってしまうことを避けるために、あえてそうしていたとのこと。

また、インタビューでは『正義とは相対的なものである』という言葉が印象的でした。

『絶対的な正義』というものはなく、あるのは互いの立場から見た正義だけというのは今発生しているイスラエスル・ガザ紛争でもまさしくそうですし、そんな中で、それを解決する一つの手段を妻オルガが示してくれているように思えました。

世界で多数の映画賞を獲得した映画だけあって、多くのメッセージを含んだ学びの多い映画でした。


以下、ネタバレありで少し続けます。

























Filmarksでは”似ている作品”として、マーティン・マクドナー監督の「イニシェリン島の精霊」が表示されますが、それよりも似てるなと思ったのが、同じ監督の「スリー・ビルボード」(パンフにも言及あり)

「スリー・ビルボード」は娘の事件を追い続ける強い母親の物語でしたが、こちらは行方不明の夫を探し続ける強い妻の物語でした。

また、ご都合主義さが無い映画でもありました。

夫が持っていたビデオカメラが見つかったシーン。映画だとよく、ビデオカメラに残る映像には殺害される夫が映っており~の展開になることが多いと思いますが、本作ではそう上手くいかなかったところがリアルで良かったです。

実際の事件については以下にまとめますが、妻オルガのモデルになった人は今でも事件が起きた村に住んでおり、犯人の兄弟の弟も村に住んでいるというところに、強い女性の真髄を観た気がします。


余談:

□ 実際の事件について

本作のモデルになった事件についてはドキュメンタリーにもなっているようで、予告だけ見てみたのですが、登場人物や実際の村の風景の映画での再現率の高さに驚きました。

Santoalla Trailer #1 (2017) | Movieclips Indie
https://youtu.be/Wp2ZA_UJF5c?si=iTGThra87b4kJIcs

また、実際の事件についてはこちらが詳しかったです。
映画『理想郷(As bestas)』—モデルとなった実際の事件とは?—|K
https://note.com/shiny_koala373/n/n04d118bf3047

映画と同じところ
・事件の大まかな流れは同じ
・場所も同じスペインガルシア地方
・近所の兄弟に殺されたこと(兄弟の一人が精神疾患であったことも)

違うところ
・移住してきたのはフランス人ではなくオランダ人
・風力発電の話
・具体的な殺され方と発見のされ方

また、こちらのHPには、スペインガルシア地方の特徴も書いてあり、とても興味深かったです。


メモ:
・風力発電の問題は、景観破壊、野生の鳥への影響、低周波による近隣住民への健康被害

・本作で妻オルガを演じたマリナ・フォイスは、現在も上映中のフランス映画「私はモーリーン・カーニー」で女性CEOを演じていた女性


ちなみに、上映回は結構混んでいました。
あと、パンフのご案内をいただいたシネ・リーブルの店員さん、ありがとうございました。




2023年 Mark!した映画:321本
うち、4以上を付けたのは36本 → プロフィールに書きました
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