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辰巳のfujisanのレビュー・感想・評価

辰巳(2023年製作の映画)
3.8
捨て猫とノラ犬、そして狂犬

孤独なヤクザ辰巳が元恋人を殺され、その復讐に燃える妹の突飛な行動に振り回されつつも、いつしか辰巳自身も自分を取り戻していく。

闇社会の暴力・バイオレンスを犯罪者の視点から描く、いわゆるノワールもののテーマとしてありふれていながらも、これだけ絶賛されるのにはちゃんと理由がありました。

本作は、2016年の長編デビュー作で注目を集めた小路紘史監督が商業映画の誘いをあえて断り、クラウドファンディングの資金で5年の歳月をかけて完成させた”自主制作映画”

監督のインタビューによると、脚本やキャスティング、撮影期間など、全てを自分でコントロールするために、あえて自主制作映画という選択をしたそうです。

それだけのこだわりと熱量が詰め込まれたこの作品は、昨今の邦画にはない世界感と常識にとらわれないこだわりが化学反応によって熱い熱を放ち、比類のないパワーにあふれた映画となっていました。



脚本には、主人公や全体の世界観を説明する、いわゆる一幕目がありません。

いきなりスタートダッシュで加速するストーリー。
平和な日常、殺人、悲しみ、葛藤、協力者の登場、決心、そして行動というような細かい段取りを最低限のセリフですっ飛ばしていく物語は爽快感すら感じます。

そんなハイテンポなストーリーでも、そこに引き込む力を持つ脚本と演出、そして俳優たちの名演によって、見ているこちらの気持ちをも巻き込みつつ、あっという間の108分でした。

そして、圧倒的リアリティと、無国籍感がただようファンタジー性の両立。

舞台は日本。銃弾は飛び交わず、ナイフで闘う男たち。
一方で、『日本的なものを極力排除した』と語る監督によって映し出される風景には、固有の地名は一切登場せず、日本ではないと言われても通じるような無国籍感。

ハリウッド映画好きの監督らしく、パンフ後半には『オマージュ作品一覧』が。そこには、クリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」や、タランティーノ、フィンチャーなどの洋画作品がずらりと並び、確かに韓国ノワール作品よりも洋画テイストの雰囲気がありました。

個人的には、ドラマですが長渕剛さんの「とんぼ」っぽいなと思いましたが、宇多丸さんは、この無国籍感をジョニー・トー監督の香港ノワール「エグザイルー絆」を上げておられ、なるほど、と。

そして、何と言っても俳優勢。

お笑いコンビ・さらば青春の光の森田を10倍不気味にしたようなヴィラン、竜二が薄明かりの中よだれを垂らしながら迫ってくる闘犬のような様は、今年観た映画で一番不気味で怖かったです。。

また、人に懐かず、誰彼構わず爪を立てて噛みつく捨て猫のような森田想さんの鬼気迫る演技。そしてなにより、辰巳を演じた遠藤雄弥さんの眼力(目ヂカラ)。

若い頃の三上博史を彷彿とさせるようなイケメンで、キレまくってた時代の窪塚洋介を彷彿とさせるような、近づくだけで殴りかかってくるかのような凶暴なオーラ。
また、こんなに横顔がカッコいい人っているんだな、と驚くほどの絵力がありました。
(余談ですが、ジャケ写の画角ではなく、是非こっちのページにある正方形の画角で見てみてほしいです)
https://moviewalker.jp/mv84083/

ということで、書き出すとまた長くなるのでこの辺で。
なお、R15+ではありますが、思ったよりもグロ描写は無かったので良かったです。

あと、パンフには、上に書いたような映画好きならではの情報や、竜二役の倉本朋幸さんがフランスの女性評論家からバイオレンス演技で怒られた話や、もともとは主人公二人のキスシーンがあった話など、その他にもまだまだおもしろい話が載っていてお得でした。

自主制作映画だけに、DVD化、配信、いずれも時間がかかりそうなので、スクリーンで是非ってことで!
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