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⻘いカフタンの仕立て屋のYAJのネタバレレビュー・内容・結末

⻘いカフタンの仕立て屋(2022年製作の映画)
3.3

このレビューはネタバレを含みます

【反骨】

 近年のモロッコ映画は2作目。というか、マリヤム・トゥザニ監督作品2作目で、前作『モロッコ、彼女たちの朝』(2019)が良かったので、二匹目のドジョウに期待しての鑑賞だ(その後で食べに行ったモロッコ料理も美味しかったし・笑)

 静かに嫋やかな女性賛歌、母性へのエールだった前作。未婚女性の出産というタブーを描いていたが、本作でもイスラム世界の旧い価値観に果敢に挑もうという気概がある。控え目な品のある映像の中に、相変わらずの骨っぽさがあった。

 舞台は同じくモロッコ、旧市街を描くのも前作同様(場所は違うようだけど)。旧市街=旧い慣習が根強い、ということなのだろう。カフタンという伝統衣装を縫う職人を主人公に、伝統工芸の美しさと技術力を見せる一方で、「本作では男性の生きづらさを生むタブーに踏み込」んでいる(公式サイトより)らしい。
 「戒律と法律が異性愛しか許さないモロッコ社会には、真の自分を隠して生きる人々がいる。伝統を守る仕事を愛しながら、自分自身は伝統からはじかれた存在と苦悩する1人の男、ハリムとその妻のミナが、(中略)愛したい人を愛し自分らしく生きる美しい物語」(同)。

 タブーに挑む監督の反骨精神は分かるが、ちょっと近頃、LGBTQなテーマを孕んだ作品は食傷気味。男の生きづらさ、伝統継承の難しさ、宗教上の旧弊など、抗う相手は山ほどいる中に、更にセクシャルマイノリティの苦悩まで盛り込まんでも・・・と。それがなくても、充分、見応えある美しい作品なのに、という思いのほうが強かったかな。悪くないんだけどね。
 今、このテーマを盛り込んでおけば世界的耳目が集まる、映画祭で注目される、と誰かが囁いている気がしてならない。

 とはいえ、今回も食卓に並ぶモロッコ料理が美味しそうでした。ルフィサ(平たいパンの上に鶏肉と玉ねぎの煮込みを載せた特別なごちそう)や、卵入りのタジン料理などなど。タジン鍋も日常使いしてるがよく分かる。モロッコ料理店「Tam Tam」@西荻、また行くかっ!



(ネタバレ含む)



 前作と同様主人公ミナにLubna Azabalを起用。荻上直子が『かもめ食堂』『めがね』と連続して小林聡美、もたいまさこを使ったようなものか?よう知らんけど。ま、相性が良いのでしょうね。
 前作同様に手厳しい女性像で、その風貌に相まって、さらには今回は病身でもあり、過酷なダイエットで役づくりした迫力ある演技。そんなミナが、自分の余命を悟ってか、夫の道ならぬ性指向にも理解を示し、若い弟子の存在も受け入れていく。刻々と移ろう心境の変化を演じ分けていて、お見事でした。

 それぞれのシーンの美しさ、印象を深める見せ方、撮り方は相変わらず巧い。『愛と悲しみの日々』(1985)を思い出させる洗髪のシーンは素敵でした。旧市街の狭い路地、コーランの流れる街の佇まい、なにより、カフタンという伝統衣装の意匠を凝らした装飾と、光沢ある滑らかな生地の肌触りが伝わってきそうな描写に、異国情緒も相まって魅了されます。
 前作ではフェルメール的な光の射し方、構図が目についたけど、本作はそういった絵面は少なめ。あざといほどの浅めの被写界深度が気になるくらい。でも、ラストの墓地へ向かう荘厳な俯瞰シーンには目を見張った。
 舞台となったラバト(カサブランカの東)の旧市街サレの墓地を思わずググってしまったほど。そこは、シディ・ブナシール墓地だな、いつか訪れてみたい φ(..)メモメモ。

 奥さんに先立たれ残された夫が葬式を挙げる。それも世間の、あるいは宗教の風習に抗って、ということで、『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)を思い出してもいたかな。あちらは、人の目を欺くために残された家族が、とある企てをする。
 本作も、イスラムの伝統の死装束に身を包んだ妻を見て、夫ハリムは衝動的な行動に出る。これは、途中のミナのセリフ、私たちは結婚式を挙げられなかった、私も青いカフタン着たかった、でも当時のあなた(=夫)の腕じゃ作れなかったという軽口から読めるオチではあったのだけど、どうするのかな?と観ていた。『湯を沸かす~』的にするなら、白い布を解き、遺体にカフタンを着せた後で、もう一度、白い布を巻きなおす(顔だけが見えている状態なので)。そして、何喰わぬ顔で葬儀の参列に並んで納棺?と思いきや・・・。
 ここが、マリヤム・トゥザニ監督の、ぶっとい反骨精神の現れなんだろうな。

 墓地へ向かうシーン。
 妻の亡骸に着せたカフタンの青と、大西洋に沈みゆく西日の黄金の光との対比は、相容れないが故に互いの輝きを引き立てる補色の関係。伝統とモダン、宗教戒律と現代の価値観、タブーと現実、相反するあらゆるもののリフレクションのようだった。
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