幽斎

ソフト/クワイエットの幽斎のレビュー・感想・評価

ソフト/クワイエット(2022年製作の映画)
4.6
【幽斎的2023ベストムービー、スリラー部門第6位】
長編デビューBeth de Araújo監督が社会問題化するHate crime、憎悪犯罪をモチーフに描くトランスジェンダリズム・スリラー。アップリンク京都で鑑賞。

原題「Soft & Quiet」ジャケ写は日本製だが、中身は「Hard & Noisy」ソレが人間の本質だとドライに突き放す。Beth de Araújo監督は父親はブラジル人、母親は中国系アメリカ人で見た目は中国人女性。短編映画「Chevy Chase」主演のブロンド美人(古っ(笑)Stefanie Estes、本作にも主演がレビュー済「ライトハウス」プロデューサーJosh Petersの目に留まり、創らせたら斜め45度を逝く仕上がり呆気に捕られ悶絶、分かります(笑)。

此のプロデューサーは最新作「トランスフォーマー/ビースト覚醒」脚本を書き、本作に神父役で出演するタレント(本来の意味)。違いが分る男は、作品を最も理解するであろう人物に「誰も手を付けてない作品が有るが」と誘われ、イソイソと出掛けたら呆気に捕られて悶絶。「考えさせてくれ」車に乗り込んで家路を目指すが、作品がフラッシュバックして頭から離れず「幾らなら売ってくれるんだ!」と電話。ソノ人の名はJason Blum。後で地団駄を踏んだのが「A24」。瞼に焼きつく感じ、分かります(笑)。

劇場で「アレ?」と思ったのは女性が罵りあうジャケ写で、アメリカと同じ「R」指定と思いきや日本はマサカの「G」指定。子供が見ないだろうからって憶測で決めるのは仕事を放棄してるのと同じですよアルバトロスさん。ヘイトクライムの実態を知らなさ過ぎて、平和ボケのレーティングなら無い方がマシ。給料貰ってるならしっかり勉強すべき。

アメリカがキリスト教の考えの違いから共和党と民主党で「差別主義」分断された事はご存じでしょう。私は京都人なので「差別と区別は違う」イケず(笑)思考。そんな生温いモノでは無く「Racism」AIに依れば人種に基づく思想や差別と訳されます。レイシズムは、日本で言うと町内会的なコミュニティ、同じ考えを持つ者同士が茶飲み話をする。一種の憂さ晴らしですが、自分を肯定して欲しい欲求。居心地の良さがソウさせる。

「無意識な差別」当人は軽い世間話のつもりで見た目や言語が違う人を格下に見て一方的に差別。しかし、外部から異議を唱えられると忽ち集団化して相手を攻撃、ソレがヘイトクライム。アメリカではジェンダー・アイデンティティ「性自認」。ジェンダー・エクスプレッション「性表現」。性同一性障害とトランスジェンダリズム。反発するコミュニティは危険なイデオロギーだと主張する。本作を理解するには此の程度は必要かと。

ソレにしても、此の長回しはツラい・・・正確には長回し風ですが、秀逸なのは主眼が加害者視点のスリラーで有る事。監督が人種のミキシングなので成せる業とも言えるが、Blumも「ホラーだから呼ばれたのに、何を見せたんだ!」百戦錬磨のプロデューサーも裸足で逃げる(笑)。ホラーの様に加工した訳では無く、ヴァイオレンスを「ここまでヤルの?」苛烈を極めるので、ショッキングで陰々滅々な気分に成る覚悟の上で御覧下さい。なお、本作鑑賞後に眠れない夜が続いても当局は一切関知しないので、ソノつもりで。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

如何でした?(笑)。Political correctnessに窒息感を感じてる人が多いから、こんな映画が創られる。ヘイトクライムをホラーに置き変える手法は最近ではモダン・スリラーとして、レビュー済「キャンディマン」社会性も忍ばせた。私のフェイバリットJordan Peele監督の「ゲットアウト」「アス」「ノープ」社会問題をメタファーとして描くが、ズバリを描くのでは無く、オブラートに包んだテイストで提示。しかし、本作は野菜ジュースを希釈しないで原液のまま「ドロっと」テーブルに置くので面喰う。何かしらのトラウマを抱えて劇場を後にしたと思うが、消えない既視感の後味が舌に残っただろう。

ある意味でモキュメンタリーかもしれないが、記者として長回しの渦の中に放り込まれるので「現場から○○がお伝えしました」的な(笑)、貴方は加害者ですか?、ソレとも傍観者ですか?、街頭インタビューの気分を味わうジャーナリズムを突き付けた視点は、エグイと言うか凄い。秀逸なのは一方的なコンサバティブではなく、加虐に加虐を重ねるスタンドプレーは許さない。増悪をフェアに留めた点が「今のアメリカってコウ成ってるんだ」と思えば監督の思う壺。現実的なトライアルとして描いた点は高く評価出来る。

ヘイトクライムが日本で目立たないのは、まだ日本人が平均的な生活を誰もが送ってる、と自己暗示に掛かってるから。富裕層は確実に増え、チョッと良い車に乗る程度で格差が可視化されない。私が住む京都は景観条例で高層マンションは無いが、高級車は確実に増えた。アメリカは完全に階層が分断、一度堕ちると二度と元に戻れない。だからルッキズムで弱い立場の人に、自分の弱さをBuck-Passing、責任転換する事で憂さを晴らす。日本でも居ますよね、行ってもないレストランに低評価を付ける人。閉店に追い込まれても誰も責任は取らない。家業で継いだお店だったりしたら、ホント悲惨ですよ。

原題「Soft & Quiet」日本語に訳するなら「物腰の柔らかい人」。秀逸なのは加害者側をレビュー済「ハロウィン」の様な悪魔的な存在として描くのではなく、キチンと人としての悩みや慟哭、思いの迷いが観客にも伝わる様に描いてる。ソフト/クワイエットな人は伝統的なライフスタイルを尊重、夫婦で有れば夫を立て仕事より家庭を大事にする。根底に有るのは家父長制フェミニズム。どのシーンも男性は優位的立場に居り、ヘイトクライムを描いた他の作品に較べ非常に保守的で、打開へのアンサーも有りません。現実的な行き詰まり感が結果的にメンタルケアと言う善のレールに乗れず、差別と言う露悪なレールに乗ってしまった。大きな手で張り手を噛ます映画の様に見えて、実は極めてソフィスティケーテッドと理解出来れば、貴方の映画に対する鑑賞力も高まる、と言えるでしょう。とりあえず犬は無事で良かったですね(笑)。

逆差別の下で自己肯定感が強く、共感されない思想を抱えた人が一堂に集まるとヤバい!。
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