アランスミシー

怪物のアランスミシーのレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
4.9
邦画がこのレベルに到達した事実に余りにも衝撃を受けた。
黒澤明、勅使河原宏、増村保造、長谷川和彦、鈴木清順、岡本喜八、宮崎駿↓
過去邦画史における社会問題を扱った名作の中に客観的視座の元描かれた完成度最高レベルの傑作は幾つも挙げられるが、主観と繊細さを兼ね備えた視座の元で描かれた上でこれ程緻密にストーリー構成された傑作は初めてかもしれない。
唯一挙げるなら『エヴァンゲリオン』くらいか
海外作品なら『めまい』『トロピカルマラディ』などあるが、主観も客観も繊細さも構成の完成度も全てを兼ね備える作品というのはスイス時計の内部構造くらい緻密かつ精神的に疲弊する作業だと思う。
例えば昨年パルムドールを獲った『逆転のトライアングル』のような映画を作るだけなら主題として扱う社会問題を記号化して羅列するだけで済むから。
逆に『愛のむきだし』や『オールドボーイ』という一見繊細かつ主観的な作品はテーマ自体が個人世界の範疇に収まってしまっていてあくまで社会問題はモチーフとしての使用レベルに留まっているが故に現状顕在する真の社会問題への的確な訴えにまでは到達していない。

この映画は日本映画界における主観映画の頂点に立っていた坂元裕二が極限に努力して苦手な客観的脚本を仕上げ、それをドキュメント式等身大映画の世界的巨匠である是枝さんが同じく努力して苦手なサスペンス的演出手法を獲得した結果生まれたまさに奇跡的作品。
普通は必ず主観or客観、メッセージの間接的伝達or直接的すぎる伝達、どちらかに偏ってしまうモノを、どれも欠かす事なく全てを取り込んだ作品は偶然なくしては生まれ得ない

『仄暗い水の底から』や『リング』や『呪怨』に見られるように、霊に同情して感動してしまうタイプのホラーが存在するという世界的に見てレアな邦画界特有の歴史が生み出した奇跡とも言えるかもしれない

ミシェルゴンドリーやスパイクジョーンズやマイクミルズがホラーを撮ったらもしかしたらこの映画に近いものが生まれるのか?

是枝さん自身がこの映画のテーマである変化を体現して『空気人形』や『三度目の殺人』を機にサスペンスに挑戦し、果てにはこの完成度まで辿り着いた事実に脱帽せずにいられない。
カメラワークやロケーション、演出含め今までの是枝作品とは逸脱した表現がそこに写ってた。

音楽についてはもう言葉が出ない…
『戦場のメリークリスマス』からスタートした坂本龍一の映画音楽家としてのキャリアがこの(ゲイをテーマにした)映画で、しかもラストのあの戦メリに似た音楽で幕を閉じた時、あらゆる感情が入り混じって心が崩壊しかけた。
呪怨ドラマ版の音楽に似たあの戦慄を選択した意図を心から賛同する。

途中種明かしが分かりやすすぎたのはサービス過剰で勿体なかったが、それさえなければ間違いなく伝説となる映画だった。
猫の死体告げ口シーンもちゃんとビジュアルとして先生が死体を目視する所まで描くべきだった。それがないせいで脚本の後付け感が否めなくなった。
依里の恐怖演出ももう少し怖かったら強烈な印象として記憶に刻まれてたが、逆にこれ程恐怖レベルの抑え込まれたホラー映画もレアなので新鮮だった。実験元としてこれを何かしら活かしたい


【寓喩・メタファー解説】↓
世界に誇る経済大国&先進国であるにも関わらず永遠と平均化された偏狭な社会を好み続け、少しでもはみ出ると金持ちだろうがLGBTだろうが移民だろうが異物として扱われる謎めいた人種&ジェンダー後進国、日本。
そんな闇に満ちた国を暗示した鹿児島の街にある小学校を舞台に依里を除いた全ての人間の一見些細な偏見が積み重なりやがて怪物を生み出す。

《保利》挑戦志向→安全志向
《早織》安全志向→挑戦志向
《湊》安全志向→挑戦志向

校長=レズビアン
校長が孫を車で轢いた理由は孫がゲイである事が発覚しこの日本という(LGBT理解が最悪な)国で自分と同じ地獄を味わって欲しくなかったから

豚の脳みそ=Faggot(豚の臓物)=ゲイを罵る差別用語
トンネル&川=三途の川
トンネル・川・マンホールの先=
天国・理想郷・ワンダーランド・死の世界

最終的に保利も早織も少年2人の本当の関係に気付く事ができず少年2人は命を落とす=心中という自分を無力化する方法で人生の幕を閉じる。
ラストシーンは死後の天国の世界。
保利と早織にとっては、愛するモノが理解のできない形でこの世を去るという恐怖を目の当たりにして幕引き→ネガティヴエンディング

早織は一度はトンネルの先に引き摺り込まれそうになった湊を救ったものの、結局湊は依里の洗脳によってワンダーランドに引き摺り込まれてしまった。
いじめの最中もヘラヘラと笑っている依里は実は頭の中は常にあのトンネルの先のワンダーランドに居たと言う事が分かる。
依里が劇場版マリオで言う萬屋チコのキャラクターにそっくりで仕方なかった。
エブエブやストシン、13の理由やトイストーリー4のフォーキーも含め人種・性別・性的指向・経済あらゆる側面におけるマイノリティの無気力を象徴した虚無主義というテーマは21世紀最大の問題として拡大し続ける
エブエブでも同様=虚無=ドーナツ

ナマケモノの能力=
全ての苦痛を受け入れて自分を無力化する事=
依里の学校&家庭内で演じるキャラクター

校長「この学校を守るのよ」=日本を守る。
男尊女卑、排外主義、少子化問題の為のlgbt弾圧、忖度
これらの指針が壊れてしまえば日本という国の伝統は壊れてしまう。「だからこそマイノリティを迫害してでもこの国を守るのよ!」
=男系天皇

『告白』『来る』『怒り』『きみはいい子』『シックスセンス』
主人公の名前が湊なのは告白の湊かなえの影響を受けたから?