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岸辺露伴 ルーヴルへ行くのnetfilmsのレビュー・感想・評価

岸辺露伴 ルーヴルへ行く(2023年製作の映画)
3.7
 TV版ドラマは未見で、大丈夫かなと思ったが漫画家・岸辺露伴(高橋一生)と助手の泉京香(飯豊まりえ)の関係性も複雑ではなく、基本はこの2人を中心に物語が進む構造で何とか入っていけた。特殊能力のヘブンズ・ドアに関しては多少面食らったものの、要は「お逝きなさい」の変奏かと。生い立ちや秘密を脳から盗み取り、絶妙な指示を与え運命を変える能力であり、『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦のお得意なスタンドをこの番外編でもやっているわけだ。物語の起点にこの世に存在し得ない黒い絵を置き、ミステリーの深淵に迫る辺りは王道のミステリーと言った趣だが、今作のミステリーには岸辺露伴の漫画家としてのデビュー当時のある女性との運命的な出会い(悲恋)が関係している。つまりミステリアスな主人公・岸辺露伴のルーツを辿りながら、邪悪な黒い絵によって彼の業が導き出されるという深淵の部分に黒よりも濃い黒を置くと言うのは、モノトーンでひたすら登場人物たちの影を描き続ける漫画家・荒木飛呂彦の真骨頂だろう。

 物語の骨子としてはトム・ハンクス主演の『ダ・ヴィンチ・コード』シリーズのような仕掛けを持った映画であり、それ以上でも以下でもないのだが、あの撮影許可に厳格なルーヴル美術館が全面協力したのは、国営放送とも呼ぶべきNHKの制作だからだろうか。確かルーヴル全面許可で最初に撮られた作品がロン・ハワードの『ダ・ヴィンチ・コード』だったはずだが、ルーヴルに所蔵された初めての漫画プロジェクトであるバンド・デシネに原作者の荒木飛呂彦が参加したのも実は大きいと見ている。NHKと荒木飛呂彦。この見事なWネームが厳格なルーヴルの使用基準を動かしたわけだが、ルーヴル美術館内の場面は思っていた以上に大人しく、単なる紀行番組のダイジェストにも見えてやや拍子抜けしたのも事実である。だが天頂が金色の起伏ある屋根の堂々たる佇まいや蜘蛛の巣のように張り巡らされる9,000本近い鉄管の荘厳さは、ミステリーの深淵へと迫る為にはこれ以上ないロケーションなのだが、地下室に行く段階になったところで「えっ」と思った。昔、ルーヴルに足を運んだ私からすれば、ルーヴルには地下室なんてない。エンドロールまで観てわかったのだが、おそらく栃木県の大谷石の地下道をルーヴルの地下に模したのだと思う。

 荒木飛呂彦の原作のスケールが相当大きい為、やはり監督である渡辺一貴もNHKドラマ班も大変なエピソードの数々を卒なくまとめることには成功しているが、全体を通して見ると、いったいどこに焦点があったかが今一つ見えて来ない。そこには岸辺露伴の過去や違う世界での応答という過去に戻るエピソードを2度繰り返すことが映画としてのダイナミズムを著しく削いでいることに尽きる。むしろここで必要なトーンとは、市川崑の横溝正史シリーズのような角川映画~フジテレビ映画が有したようなグロテスクなミステリーとしての応答であって、細部の表現を突き詰め切れていないばかりか、全体を貫くトーンに対する明確なビジョンも足りていない。美術館の臨時職員・辰巳(安藤政信)が出てきた時点で殆どミステリーとしての醍醐味は失われており、荒木飛呂彦的な死者との応答も輪廻転生的な表現を淡々と紡いでいるものの、ほぼそれだけに留まる。コロナ禍で時間的制約があったのはわかるのだが、劇場版と呼ぶに相応しい表現が殆どなく、中盤以降やや尻切れトンボの感は否めず、ジャンル映画に必要な起承転結にも乏しい。然しながら高橋一生のエキセントリックな役柄を捕まえるような奇妙奇天烈な演技力は観ていて本当に素晴らしく、この人は本当に良い役者だと何度も唸らされた。エマ・野口を演じた美波も良い。あとオープニングの縦書きのフォントが改行のタイミングも含めて大変絶妙でセンスが良い。実はタイトルロゴが出る場面が一番唸らされた。
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